第17話 綾小路龍

「お待たせいたしました。こちらが、『夢見る聖女のゆりかご(オレンジ味)』になります」

「ありがとう」

 ドリンクをテーブルに置いていく。


「君が勇者ティナちゃんだよね?」

「あ、はい」

「やはり、想像通りの美少女だ」

「綾小路龍様が是非、貴女様に会いたいとのことで、参りました」

 手前の男の人(オーク)が言う。

 

「!!」

 これは、おそらく私が異世界転生に求めていた、王子に求婚されるような展開。

 ・・・かもしれないけど、全員オークに見えるから、全然思っていたのと違う。


「私に・・・・・」

「そう。バズってる動画で君のことを見つけたんだ。ゲームから出てきたような容姿、凛とした佇まい、一目会いたくてここに来させてもらった」


「綾小路龍様、そろそろ大学の時間が」

「まだ、いいだろう? 課題は全て終えている。ぎりぎりまでここにいたい」

「さようでございますか・・・」


 どの人が綾小路龍かわからない。

 話の流れ的に、奥のオークかしら。


「勇者ティナちゃん、よかったら、今日仕事が終わった後、どこか美味しいお店にでも行かないかな? もちろん2人きりじゃなく、友達を連れてきてもらっても構わない」

「いえ、今日は予定があって・・・とても重大な・・・」

 ラブラブ大作戦を決行しなきゃいけないもの。


 何としてでも、雄太とめいみゅうを会わせなきゃ。

 私たちの生活・・・いえ、推しとのツーショットチェキがかかってるんだから。


「ごめんなさい!!」

「・・・綾小路龍様のお誘いをお断りする方は珍しいですね。コンカフェと聞いて、てっきり、ミーハーな女性かと思い込んでおりましたが」

「え・・・」


「僕の誘いを断ったのは、君が初めてだよ」

「・・・・・・」

 多分、本で見たテンプレ展開が起こっているわ。


 でも、全員オークだから、求めていたものと全然違う。

 本当に申し訳ないんだけど、オークを倒したときに、「仲間になりたそうにこちらを見ている」と同じ状態に見えてしまう。


「軽くなびかないところがますます気に入った。僕の目に狂いはなかったということだ」

「さようでございますね」


「さすが綾小路龍様でございます。人を見抜く目、綾小路財閥を背負って立つに相応しい」

「止してくれ。こんなところで、話すことではない」


「・・・・・・・・」

 開店時間になり、お客さんが、続々入ってくるのが見えた。


「他のお客さんの接客があるだろう? また来るよ。今日は会ってすぐに誘ってしまって、申し訳なかった」

「あ、はい。では、失礼します」

 頭を下げて、ドリンクカウンターのほうへ歩いていく。





「ティナちゃん! 綾小路龍様ってどんな感じだった?」

「どんな感じ・・・んー、丁寧な人・・かな?」

 毛並みのいいオークって感じだった。


「やっぱり! いいなー、私もお話してみたかった。遠くで見てるだけで、あのイケメンオーラ」

「私は話せないわ。とてもじゃないけど緊張しちゃって、接客どころじゃなくなっちゃう」

 休憩時間になると、みんな綾小路龍のことについて聞いてきた。

 みんなやっぱり小説のような展開を求めているのね。

 私や魔王リカリナだけじゃないって思って、少しほっとした。


 麗奈がCLOSEの札に変えて、こちらに歩いてくる。



「勇者ティナちゃん、お疲れ様です」

「お疲れ」

「大変でしたね。綾小路財閥は有名ですから。でも、対応がやっぱり勇者ティナちゃんって感じで素敵でした」


「!?」

 

 女神の啓示が降りてきた。

 魔王リカリナが、家を出たのだという。家からここまで10分程度。

 ここからは、私と魔王リカリナだけで、何とかめいみゅうと雄太を接近させないと。


「ティナちゃん? どうしました?」

「・・・・そろそろ、佐久間さんとめいみゅうが来る予定よね?」


「そうですね。今日は早めに来るって言ってましたから。あ、ほら、もう佐久間さんたち来たみたいです」

 


 カラン カラン


「みんな、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 佐久間さんがメイドの恰好をしたミコさんと、めいみゅうと入ってくる。


「ふわぁーお疲れ様ー」

「でーす!!」

「え・・・・」

 ミコさんとめいみゅうがふらふらしながら入ってきた。

 テンションが高く、お酒の匂いがする。


「今日ねぇ、Vtuber講習会やろうと呼んだんだけど」

「完全に酔っぱらっちゃいました」

 めいみゅうが真っ赤な顔でニコニコしながら言う。


 雄太の最推しが、目の前に・・・。


「め、めいみゅうって、未成年じゃなかったんですか?」

「20歳になったばかりなんだよ。まぁ、そんな固くならずにゆっくりやろう。パソコンは持ってきてるから。また、残れそうな子たちだけで」

「はーい」


 Vtuber配信は、佐久間さんは強制じゃないって言っていたけど、みんなやる気満々だった。

 異世界の種族になりきって、話すのが楽しくて仕方ないらしい。


「勇者ティナちゃんだー、私の大好きな勇者ティナちゃん!」

「えっ・・・・・」

 めいみゅうがいきなり抱きついてきた。


「前回は、あまり話せなかったけど、今日は勇者ティナちゃんも参加するって聞いてるの。嬉しいです! ファンだったので。絶対、グッズが販売されたら買います」

「えぇ、うん」

 雄太は、この会話一言に1万円かけているのよね。


 なんだか、複雑な気持ちになる。


「今日は開発者のみんなは、まぁ、のんびり来るかな。金曜日だし、まだ飲んでるんだよね。『リトルガーデン』の配信用チャンネルも作成したんだ。ちょっとPVをかけてみようか」

 佐久間さんが、椅子に座って鞄からパソコンを出していた。


「『リトルガーデン』のチャンネルですか」

「ついにはじまるって感じですね。なんか、もう、本当にずっと異世界にいるみたい」

「私もなの。寮との往復だから、お客さんと話して、異世界じゃない異世界じゃないって気づいたりしてるよ」

 掃除の手を止めて、佐久間さんのパソコンの周りに集まってくる。


「はぁ、ティナちゃんって、なんかいい匂いがする」

「めいみゅう、そろそろ離れなきゃ。ティナちゃんも、PV見たいもん」

 ミコさんがめいみゅうを引きはがそうとする。


「じゃあじゃあ、あと、5秒だけ。5,4,3,2・・」


 カラン カラン



「ふぅ、着いたのだ。雄太、早くしろ」

「はぁ・・・あんま外出てないんだから仕方ないだろ。それに、なんで、急に保護者呼び出しなんか・・・もしかして、問題でも起こしたのか?」

「起こしてないぞ。私は、いつも人気者なのだ」

 魔王リカリナが扉を開けて、入ってくる。


「あ・・・・」

 雄太と目が合った。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 めいみゅうを見て、視線を逸らして、見て、視線を逸らしていた。

 数秒の沈黙の後、雄太が背を向ける。


「じゃ、俺はこれで・・・」

「魔王リカリナ!」

「わかってるぞ。ったく仕方ないな」


 バンッ


 魔王リカリナがものすごい勢いで外に出て行った。

 雄太から離れて、使える魔法は全て使う。


 ザアアァァァァァァァァー


 ゴロゴロゴロゴロ ドドーン



「!?」

「さっきまで腫れてたのに!! 急にこんな雨!?」

 魔王リカリナがあらかじめ、秋葉原を覆う大きな魔法陣を空に描いていた。


「この勢いじゃ、ニュースになるんじゃない?」

「だって、滝みたいな雨よ」


 雨も雷も、自然現象。

 一度起こせば、雄太に魔法が無効化されても、持続すると思っていた。


「わぁ、すごいすごい。雨雨、雷」

「本当、こんな予報だったかしら?」

 めいみゅうがふらっと離れて、窓に張り付いていた。

 ミコさんが隣に並ぶ。窓には、突然の雨に戸惑う人たちが映っていた。



「勇者ティナちゃん」

 雄太がめいみゅうが、完全にこちらを見ていないのを確認して、近づいてきた。


「まさか、最初からこうするつもりで・・・」

「そうよ。雄太から離れれば、魔法は使える。魔王リカリナは、あれでも史上最強の魔王だもの。このくらいの力は当然持って、転移してきているわ」


「っ・・・」

「雄太、逃げられないからね」

 魔王リカリナ案、ラブラブ大作戦の火ぶたが切られた。

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