第12話 彩夏の推しはメン地下

 休憩室で、麗奈に雄太が一回に投げたスパチャの額について説明していた。


「えっ、1万円もスパチャしたんですか?」

「うん、1に0が4つあったわ。こっちの金銭感覚がわからなくて」

「みんな緑だったりするのに、雄太のだけ赤かったのだ。奴がスパチャした額は、私らがどのくらい働いた分なのだ?」


「1日・・・でしょうか?」

「1日!?」

 魔王リカリナと声が被った。


「あの一瞬に1日、う・・・やっぱり、女神のいうことは確かだったな」

「そうよ。女神が間違うわけないわ」

「?」


 あの後、女神ルナ、私、魔王リカリナで話した結果、かなりまずい状態にあるということで一致した。

 女神ルナが感じるに、雄太もそんなにお金を持っているわけではないらしい。


 このペースでは、今年の夏くらいから、雄太の貯金はカツカツの状態になり、私たちのバイト代を入れても、カップラーメン生活になるとのことだった。


 次の日は、荷物整理で一日終わっちゃったけど・・・。


 一刻も早く、止めなきゃいけない。

 これじゃ、ゆるゆる異世界ライフどころじゃなくなっちゃう。


「こんな足パンパンになるほど歩いて、あのスパチャとかいうのの1回分なのか?」

「私は、全然、足が痛くないけど。両足に重力調整の魔法を付与してるから」

「ずるいのだ。私もかければよかった」

 ちょっと、魔王リカリナにマウントを取ってみた。

 悔しそうにしてる。悔しそうにしてるー。


 って、そんなことしてる場合じゃないわ。


「この世界、確かに働いたら負け・・・なのかもしれないわ。1万円で、ちょっと雄太の名前とコメント読んだだけだもの。すぐ、他のスパチャ読み上げてたし」

「同意見だ。あの一瞬に1日分かかるなら、働くのバカらしくなるぞ」


「えーっと、そ、そんなことないんですよ! 1万円あれば、服は2着くらいは変えますし、外食も10回くらいできますし・・・後は」


「じゃじゃじゃじゃじゃあ、これは、どうだ?」

 魔王リカリナが、麗奈の言葉を遮って、スマホの画面を突き出す。


 ガラスケースに入ったロボット? のようなものが映っていた。

 確かに、こうゆうお店、来る途中に会ったような気がするわ。


「ガンプラですね。どこで、撮ったんですか?」

「雄太の家から、ここまで来る途中の店の、ガラスケースに入っていたのだ。私、バイト代貯めて、ここにあるロボットが全部欲しいのだ。かっこいいのだ。部屋に並べるのだ」


 にやにやしながら話していた。

 ・・・ということは、私の部屋にこれが置かれるのね。

 別にいいけど。


「ガンプラはピンキリなんですけど、このケースにある10体揃えるには8万~10万くらいすると思います。かなりいいものですね」

「!!!」


「魔王リカリナ、女神の啓示にあったように、たぶん、自分のバイト代は食費に当てなきゃいけなくなるわ。好きなものなんて買う余裕なくなる」

「でも、昨日はまだ、雄太が払ってくれたぞ。食費とか」


「冷蔵庫の中、何も無かったの。雄太も、カップラーメンがあるからって何度も言ってたじゃない。食べるか、買うか、どっちかよ」

「うっ・・・・・」


 雄太のキッチンの端にはカップラーメンがたくさんあった。

 美味しいけど、毎日は無理。飽きてしまう。


 魔王リカリナがスマホを握りしめて立ち上がった。


「勇者ティナ、私はVtuberめいみゅうを連れてくるのだ。どこにいるのか探索してやる」

「私も、協力するわ」

 足に浮遊魔法の魔方陣を展開する。


 女神の啓示・・・も、それがいいって頭の中に入ってきた。

 雄太がいなくなると、姿、見えなくなるのよね。


「待って待ってください、2人とも。落ち着いてください」

「落ち着けないぞ」

「そうよ。私たちの生活が懸かってるの。多少の無理は仕方ないわ」


「誘拐なんてしたら、雄太さん捕まってしまいますよ」



 バタン


「麗奈、そろそろ時間だって」

「あ、はい」

「ふぅ・・・疲れた。重い物ばっかり持ったから」

 彩夏が肩を回しながら、休憩室に入ってくる。


「A4のお客さん、お皿下げないでって。SNS用に食べ終わった後の、いい感じの写真を撮りたいって、え!? あんたら、何してんの?」


「ん? 私の休憩時間は15時までだ、あと15分あるぞ」

「そうじゃなくて!!」

 魔王リカリナが窓から飛び降りようと、足をかけていた。


「空の上からのほうが魔法が使いやすいのだ。休憩時間内には戻る」

「魔王リカリナ、援護するわ。対象者を素早く捕獲する準備をしておく」

「了解だ・・って」


「だーめ」

 彩夏が魔王リカリナの脇に手を入れる。


「とりあえず、降りるの!!!」

「わわっ」

 ひょいっと持ち上げて、床に下ろした。


「何をする?」

「こっちのセリフよ。ったく、雄太とかわけわからない無職に捕まってむしゃくしゃするのはわかるけどさ。いざとなればミコさんが区に連絡してくれるって。何も死ぬことないでしょ」

「え?」

「私は死ぬつもりなど毛頭ないぞ」

 魔王リカリナが腕を組んで、仁王立ちした。


「飛び降りようとしてたんじゃ・・・」

「違う違う。実は・・・・・」


 ― 雄太が投げた、めいみゅうへのスパチャ金額の説明  ― 



「推しにスパチャ?」

「そうなの。雄太ってば、仕事してないのに、Vtuber? 画面のめいみゅうって子に1万円投げてるの」

「冷蔵庫の食材、ほとんどないのだぞ。カップラーメンばかり大量にあるのだぞ」

 彩夏がエルフ族の指輪を直しながら、座った。


「あー推しにね。私も気持ちはわかるっていうか」


「彩夏も推しにスパチャしてるの?」

「私はスパチャはあんまりしないかな。メン地下にはまっててさ、そんな怪しい人たちじゃなくて、彼らって本当、純粋に、アイドル目指して、配信とか頑張ってる人たちで・・・」

 彩夏の口調がどんどん早くなっていく。にやにやする顔を、抑えようとしていた。


 メン地下?


「言うより、見てもらった方が早いわね。この彼。彼は、いりやくんっていうんだけど、もう本当かっこよくて眩しいの」

「確かに、かっこいいけど・・・」

「女に見えるな。エルフ族みたいだ」


「こうゆう中性的な男子が流行ってるの。実際会ってみたら、卒倒するくらいかっこいいんだから」

 彩夏が派手な袋を取り出す。

 中には、いりやの写真がたくさん入っていた。


「じゃあ、ちょっとだけ見せちゃおうかな。2人しかいないし」

「?」

 テーブルの上に写真をばらまいた。


「これは・・・」

「チェキって言ってね、推しのこの瞬間だけを自分のものにできるの。ちなみに1枚500円で、ここにあるのが20枚だからちょうど1万円ね」

「でも、これは写真だけだろ? んー、ガンプラのほうがいいぞ」

「会ってみたら絶対変わるんだから」

 饒舌に話す。このチェキを20枚も・・・。


 推しってすごいのね。  


「今回、コンカフェで稼ぎまくって、いりやくんに貢ぐの。あ、『リトルガーデン』ってもう少ししたら、Vtuber配信も始めるし、いりやくんも見てたりして」

「楽しそうだな」

「推し事は楽しいもの。だから、あの無職さんを完全否定できないの」


「恋してる感じね。そうゆうの、本で読んだわ」

 頬杖をついて、いりやの写真を眺める。


 写真じゃ、男、って感じがわからなかった。

 かっこいいエルフ族の女の子って言われても、信じてしまうわ。


「あーリアコにはなりたくないんだけど、そう見えるよね。気をつけなきゃ。でも、リアコなのかも。毎月ライブは欠かさず行ってるし、イベントも・・・」

「リアコ?」


「推しにリアルに恋するってこと。直球で言うと、恋人になりたいってこと。世間では叶わないのわかってるから、白い目で見られるのよね。あ、絶対他の人には言わないでね」

「え・・・えぇ・・・」


 雄太はスパチャ、彩夏はチェキ。

 こっちの世界の恋の仕方って色々あるのね。




「あーこっちの世界は難しいのだ。もう寝る!!」

「あ、魔王リカリナ。もう、交代の時間よ。ほら、行くわ」

「あぁ・・・私の休憩時間が。もっともっとバイトを楽にする魔法がほしいのだぞ」


 魔王リカリナを引きずって、ドアを開ける。

 店内はいつの間にか満席になっていて、また忙しい半日になりそうだった。 

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