第13話 監禁作戦は失敗ばかり
屋根の上で立って、月を眺める。
こちらの世界は、街の明かりで星がかすんで見えた。
でも、いい夜ね。魔力が高まる。
剣を持ち、あらゆる魔法を展開し、魔族と戦っていた頃が懐かしい。
この魔法は魔族を確保するため、6歳の頃から使っている。
失敗するはずがないわ。
女神の加護がある限り、私は確実に目的を果たす。
「ティナ、準備はできたの?」
女神ルナが少し離れたところで座っていた。
「えぇ」
空中に、3つの魔法陣を展開していた。
1つ目は動きを止める。
2つ目は決して破ることのできない結界。
3つ目はステルス状態にする。
魔族を捕えるとき使用していた、ドラゴンの牙すら通さなかった牢獄。
「おう、準備は万全のようだな」
魔王リカリナが、ふわっと飛んで杖を回す。
「魔王リカリナこそ、十分なんでしょうね」
「あぁ、現在地はつかんだ。あとは捕獲するだけだ」
「頑張ってなのー」
女神ルナが両手を挙げて、ステータスアップの魔法を付与した。
「フン、魔王にはそんなものいらぬけどな」
「私も魔王リカリナ、貴女と協力することになるとは思わなかったわ。ヘマだけはしないでね」
「こっちのセリフだ」
ブオン
魔法陣が輝く。
「では、はじめ・・・・」
ダッダッダッダ ダッダッダッダダダダダダダダダ
「!?」
バタン
「はぁ、はぁはぁ・・・・」
雄太が窓から出て、屋根に飛び乗った。
息切れして、額の汗をぬぐっている。
しゅうううううぅぅぅぅぅぅぅ
「あ・・・・」
魔王リカリナの杖が消える。
全ての魔法が無効化されてしまった。
「ここから、スーパーまでは30分、まだ時間があったはずなの」
「まさか、これだけの運動能力を雄太が持っていると思わなかったわ」
「あー!!! あと少しだったのだぞ!」
魔王リカリナが地団駄を踏む。
「あと少しって何やろうとしてたんだよ!」
「監禁よ」
「は?」
「拷問のない監禁なのだ。安心しろ」
「・・・!!」
雄太が呆然としていた。
「魔王リカリナがめいみゅうを捕え、勇者ティナが魔族のために使っていた牢屋を用意し、私がそこにぶちこむのー」
「だから! 犯罪だって!!」
大声で叫ぶと、学生らしき集団が一斉にこちらを見た。
「・・・・とにかく、降りよう。ここにいたら、通報される・・・・・」
「仕方ないな」
魔王リカリナが渋々入っていくと、女神ルナもゆらゆらしながらついてきた。
「また、失敗したのだー」
コンカフェの休憩室で、テーブルに顔をくっつけていた。
「今回は絶対にうまくいくと思ったのにね」
「どうしても月夜の晩じゃなきゃダメなのか?」
「女神の加護が高まるときのほうが安全でしょ。ここは元の世界と違うんだから」
「むぅ・・・・」
雄太がいることが問題なのよね。
あの公園とかで捕えて・・・んーでも、あの3つの魔法陣はその場から動かせないし・・・。
「このまま失敗し続けたら、ガンプラは夢のまた夢なのだ」
「ガンプラどころか、ご飯が食べられなくなるわ」
私たちにとって、雄太のスパチャ問題は深刻だった。
スパチャだけじゃない。
めいみゅうのグッズはどんどん増えているのに気付いた。
このままじゃ、夏まで持たない可能性もあるって、女神ルナから聞いていた。
トントン
「お疲れ様ー。あ、まおうゆうコンビ。どうしたの? オーダーミスでもした?」
彩夏がエルフ族の手袋を脱いで、隣に座る。
「魔法が失敗してばかりなのだ」
「え? あー、魔王リカリナちゃん、お客さんの前で火使うの大変だよね。私だって、あれは緊張するよ」
「そうじゃないのだ」
「じゃあ、どんな魔法なの?」
「ねぇ」
彩夏と魔王リカリナの間に割り込む。
「彩夏はメン地下の推しのいりやと繋がりたいと思う?」
「も! もちろん! でも、私なんかがいりやくんと、なんて尊すぎて・・・望んでいいのかすら危うい。だって、尊いから、とにかく尊いの」
「そ、そうなの」
頬を押さえながら、頭を振っていた。
雄太の推しへの思いって、彩夏のメン地下に対する思いに似てるのかしら。
私も魔王リカリナも、女神ルナも、男が全員かっこよく見えてしまうから、特定の誰かを好きになる感覚がわからないのよね。
本ではあれだけ読んできたのに。
「金払わずに会話したほうがいいだろうが。こっちはガンプラがかかっているというのに」
魔王リカリナがぼそっと言って、チョコレートに手を伸ばした。
「そうなのよね。何としてでも、雄太とめいみゅうに何かつながりができてくれないと」
「金を払い続けて、私らは貧乏になるだけだ。どんなに仕事しても、生活費に消えてしまうのだぞ」
「なんか・・・大変そうだね・・・・・」
彩夏が深刻な表情で言う。
「はぁ・・・・」
私たちの作者なのにここまで何もしないなんて。
雄太は職も探さず、ゲーム、ネット、めいみゅうの配信ばかり見ていた。
めいみゅうがいなければ、廃人のようだった。
「推しか・・・推し・・・。私にもできたら、何かわかるのかしら」
ため息交じりに時計を確認する。
休憩時間ってあっという間ね。あと、5分しかなかった。
「もしかして、2人とも、メン地下に興味出てきた?」
「勇者ティナがあるぞ」
「え!?」
魔王リカリナがにたにたしながらこちらを見ている。
やられたわ。
「興味あるのね!」
「え・・・め、メン地下」
「今週金曜日に定期ライブがあるの。メン地下アイドル『スターライト』のライブ! 小さなハコだから、近距離で見れるよ。一緒に行こう!」
彩夏が嬉しそうに、両手を握りしめてきた。
これは・・・嫌とは言えない雰囲気になってしまったわ。
「休憩ありがとうございますー」
店内は相変わらず満席だった。
よし、後半も頑張らなきゃ。ちゃんと、男の人はオークに見えてる、と。
「お・・・お客様、ご注文を・・・」
「麗奈でしょ。マジで、コンカフェで働いでるんだ」
「・・・・」
女の子4人グループに、麗奈が話しかけられていた。
麗奈が硬直して、動けないでいる。
「似合ってるじゃん。魔女の恰好」
「ははははは、不気味なあんたにぴったり。オーナーってわかってる」
「バズった動画に載ってたからマジかって思ったけど、あの地味子がいるとは。ファンとかはさすがにいないでしょ」
「無理無理、だって地味だもん」
嫌な笑い声が響いていた。
「動画撮影OKなんでしょ。元クラスメイトのみんなに回してやろうよ」
「さんせー」
女の一人が、麗奈にスマホを向ける。
「お客様、初めまして。勇者ティナです」
にこやかに、麗奈の間に入り込んだ。
「っ・・・勇者ティナ」
「マジか。すっごい綺麗・・・いや、動画撮影OKなんでしょ? 麗奈、あたしたちの前の学校の同級生なんだよねー」
「いつの間にかいなくなってたけど」
「あはははははは。1週間誰も気づかないんだもん、びっくりだよね」
「・・・・・・・・・・・・・」
麗奈が震えていた。
「その、不細工な顔で、ゴブリンと間違えて切りかかってしまいそうになりました。申し訳ございません。あ、こちらの方は、クリーチャーに似ていますね」
「は?」
「ここは異世界カフェ。女神の加護を受けた、勇者だから貴女たちが人間だと見抜くことができましたが、他の者ならば人間だとわからずに殺されていたでしょう。みすぼらしい容姿で、異世界カフェ『リトルガーデン』に現れないでくださいね」
「な、な、な・・・・・・・」
「では、失礼します。ゴブリン、あ、いえ、クリーチャーの皆さん」
早口で言うと、麗奈の手を引っ張った。
「今の撮ったからな! 今の勇者ティナの行動全部、さらしてやろうよ」
「そうそう、今すぐさらそう」
「『リトルガーデン』のハッシュタグにつけてやればいいから。炎上させてやる」
後ろからぎゃんぎゃんわめく声が聞こえた。
弱いモンスターほど、よく吠えるのよね。
「・・・てぃ・・・ナちゃん」
カウンターに隠れると、立ち止まって振り返った。
麗奈の目からは涙が溢れていた。
「勇者ティナちゃん・・・わ・・・私・・・・」
「あんな奴ら、言い返してやらないと。というか、本当に醜い子たちだったね。私がいた異世界は、魔族も美女ばっかだったから、あれならモンスターと間違えて、攻撃されてもおかしくないわ」
「うぅっ・・・・」
麗奈の頭を撫でる。
こっちの世界でも、いじめってあるのね。
命の危険が伴う世界じゃないのに。
しばらくすると、魔王リカリナの炎が上がり、客席から歓声が聞こえてきた。
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