第15話 勇者は、メン地下沼を知る

 彩夏に連れていかれるがまま、階段を下りて部屋に入る。

 『スターライト』は5人グループらしい。


 ダンジョンのような廊下には、女の子たちが彩夏と似たようなバッグを持った女の子がたくさん並んでいた。


「あー私も痛バ持ってくればよかったー」

「痛バ?」

「いりやくんの缶バッチとかキーホルダーとかいっぱいついたバッグ。ちゃんと持っていたほうが、認知してもらいやすいんだよね」

「へぇ・・・・・」

 周りの子たちが持っているバッグのことを言ってるのね。



「ちゃんと、いい席でよかった。でも、後ろの方でも『スターライト』のメンバーはファンサくれるから大丈夫。私、最後列だったときあったんだけど、いりやくん一生懸命ファンサしてくれて、可愛かったなー」

「ファンサ・・・そうなのね」

 彩夏の化粧は、いつもの2倍は濃くなっていた。


「こんな至近距離でメンバーを見られるなんて・・・今日の夢に出てきちゃいそう。振り返り配信も絶対見なきゃ」

 彩夏の持っていたチケットは、ステージから2列目だった。

 アステリア王国では見慣れない楽器も多い。


 私が知っているライブパフォーマンスとは違うのかしら。


「ティナちゃん、ライブって初めて?」

「いえ、私がいた王国も定期的に、歌や楽器の演奏があったわ。オペラ歌手の歌声は圧巻で、チケットは常に完売だったの」

「あははは、本当、ティナちゃん面白い。大好き。私、こう、誰がなんて言おうと、自分を貫くってタイプの子、好きなんだよね」

 巻いた髪を耳にかけながら言う。


「私、こう見えてすぐ人に合わせちゃったりするから。異世界設定を徹底してる、勇者ティナちゃんと魔王リカリナちゃんって本当すごいと思う。バズって当然だよ」

「?」

「はい、ペンラ。持ってないもんね」

 光る棒のようなものを、4本渡された。

 魔導士が使う、杖より少し太いかな。


「これは・・・・?」

「あー大丈夫、私10本持ってるから。両手で6本しか持てなくて」

 全く同じ棒が、じゃらんと3本、右手にぶら下げていた。


「あ・・・ありがとう。えっと、どう使うの?」

「パフォーマンス中に、音楽に合わせて振るの。基本は推しカラーだけど、メンバーのソロの時とかは切り替えたり。ま、見てればわかるよ」

 ボタンを押すと、赤、青、緑、黄色、紫に色を変わっていった。


「じゃあ、今日のライブ、楽しもうね!!!」

 彩夏がまつ毛をバサバサさせて、最高の笑顔を向けてきた。






「ほぉ、随分楽しそうだったな」

「だって・・・・」

 チェキ10枚をテーブルに並べる。

 魔王リカリナと、女神ルナがじっとこちらを見てきた。


「だって、すごいの。メンズ地下アイドルって、ステージであんなにきらきらした人たちが、私に気さくに話しかけてくれるの。お仕事頑張ってるんだ、とか」

 チェキ10枚につき5分、メンバーと話せる時間が設けられていた。


 私は緊張のあまりくらくらしてしまい、結局1周で終わってしまったけど。

 彩夏は2週目も並んでいた。


「で、そのグッズは?」

 ランダムキーホルダー3つを指さす。


「物販にメンバーが並んでたからつい・・・」

「本日、使った金額はいくらなのだ?」

「1万円です」


「!?」

 魔王リカリナがお茶を噴き出す。


「ごほっごほ、1万って。雄太の投げたスパチャの額だぞ」

「でも、チェキとグッズはずっと楽しめるじゃない。私は、この黄色担当、むうたくんを推すことに決めたの」

 譲ってもらった、ブロマイドを見せる。

 歌の途中、むうたくんがにっこにこのピースをしているところだ。


「どこに惚れたんだ?」

「ダウジングよ。ダンジョンの方角を見定めるときに使ってた魔法」

「お前な・・・そうゆうのは自分の気持ちで決めるものじゃないのか?」

 魔王リカリナが呆れたような口調で言う。


「仕方ないわ。私たち、誰を見てもかっこよくなるよう、プログラムされてるんだから」

「それは仕方ないの。私もみんなかっこよく見えるの」

 女神ルナがゆらゆらしながら言う。


 写真と実物は全然違うのよね。

 写真ではエルフ族の女性にしか見えなかったけど、彩夏の言う通り、実際は男って感じでみんなかっこよくて・・・。


 1人に絞れないから、魔法に頼るしかなかった。



「女神ルナ、いいのか?」

「いけないと思うの。勇者ティナ、このままじゃ、お金が尽きちゃうの」

「・・・・はい・・・・・」


 10枚のチェキを一つ一つ眺めていく。

 これが推し。推しがいると、脳が麻痺してしまうのよね。

 いくらでもお金を使っちゃうわ。

 ちゃんと、気を引き締めないと雄太のこと言えなくなっちゃう。 


「反省するのだぞ」

 魔王リカリナが勝ち誇ったような表情で言う。


「っていう、魔王リカリナはどうだったの? だって・・・」

「それが、覚えてないのだ」

「え?」

「花京院さんと窪塚さんがアバターの確認をしてくれたのだ。そこから心拍数が異常に上がり、記憶がない。気づいたら、絵里奈が介抱してくれていた」


「もう! 任せてって言ってたじゃない」

「仕方ないのだぞ。勇者ティナがいなくなった瞬間、男がオークに見える魔法が解けたのだから」

「ものすごいチャンスだったのに」

「うるさいぞ。1万円も散財してきたやつに言われたくない、1万円あればガンプラ1体は確実に手に入ったのだ」



 スッ・・・


 女神ルナが突然立ち上がる。


 サアァァァァ 


「!!」

「これは・・・」

 見えないような速度で、頭上に魔法陣が展開される。

 月明りを砕いたような、きらきらした光に包まれた。


「2人とも、強制的に男性がオークに見える魔法をかけるの」

「え!?!?」

 女神の魔法は絶対だ。

 私はもちろん、魔王リカリナでさえ、解くことはできない。


「だって、仕方ないでしょう。最大のチャンスを無駄にしてしまったの。めいみゅうと雄太がくっつけば、解いてあげるの。雄太の最推しめいみゅうが、『リトルガーデン』に来たっていうのに・・・」


 ドドドドッドドド ダダダダダダダダダダ


 バタン


 突然、雄太が息を切らしながら部屋の前に立った。


「お前、実は何者だ?」

「盗聴能力はないはずなのー」

「いいいいいいいい今、今、さ、めいみゅうが『リトルガーデン』に来たとか言わなかった?」

 雄太がドアにしがみつきながら言う。


「今日、『リトルガーデン』のVtuber講師としてめいみゅうが来たのよね」

「ちょーっとだけ話したぞ。覚えてないけどな」

「私は彩夏とメン地下アイドル『スターライト』のライブに行ってたから」

「は? は? え? は?」

 目を泳がせながら、頭を掻く。


「・・・・・・・・」

 その場を一周回って、深呼吸していた。


「マジか・・・」

「私たちが、嘘つく理由ないでしょ」

「で、どどどどどどどどど、どどどうだったんだ? その、めいみゅうは?」

 その場に膝をついて、前のめりになる。


「呼吸してた? 生きてた? 動いてた? そもそも本物なの? 確証は」

「もちろん、本物だ。魂が同じだったからな」


「魂が・・・めいみゅうと・・・」

 魔王リカリナが言うことに、何の間違いはない。

 雄太がスパチャを投げて、会話していためいみゅう、そのものだった。


「まぁ、見た目も画面の中の子そのままって感じよね」

「ほぼ同じだったな。お前の推し、画面から出てきてるんじゃないのか?」



 ふらっ


 ゆっくり、雄太が倒れ込む。


「・・・・・・・尊死」


「ったく、しょうがないな。お前が会ったわけじゃないんだからな」

「・・・俺は今から・・・・瞑想をする。邪念を無くすため・・・・」

 両手を組んで、目を閉じて、寝転んでいた。


「迷走の間違いなのー」

 女神ルナが軽く浮かせて、端の方に寄せていた。




 むうたくんのチェキを見つめる。

 ライトを浴びたむうたくんの声、動き、全部素敵だった。


 ライブに3回来ると、ツーショットチェキを撮ってもらえるらしい。

 彩夏と次のライブも参戦することにしていたけど・・・。


 私、このままじゃオークとのツーショットになっちゃうのね。 

 絶対に、どうにかしないと。

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