第10話 異世界にラノベがあった理由

「うっ・・・」

 思わず鼻をふさぐ。


 玄関に置かれたゴミ袋。

 廊下に脱ぎ捨てられた服や下着。

 部屋の壁には、少女の描かれた絵のようなものが飾ってあった。


 シュシュッ


「ひぃっ、今、今・・・」

「くっ、魔法が使えぬなんて」

「!!」

 アリエル王国で、ネズミなんて見たことない。

 思わず、魔王リカリナに抱きつくところだった。


「あー、ネズミ、たまに横切るんだよ。捕まらなくてさ」

「・・・・・・・・・・」

 雄太が何の動揺もなしに、靴を脱いでいた。


「私、ここに住むの?」

「んー、これでも綺麗にしたんだけどな。魔王城だって、ネズミくらいいるんだよ」

 廊下が埃で白っぽくなっている。悪寒がした。


「魔王城もネズミやゴキブリくらいいるでしょ?」

「いるわけないだろう。私はこう見えて綺麗好きだ」

 魔王リカリナが腕を組んで息をつく。


「雄太、お前がいると、魔法が使えない。勇者ティナ、雄太とどこか離れたところにいてくれ。私がピカピカに掃除してやる」


 ドサッ


 荷物を下ろす。


「え・・・私が?」

「ありがとう。そうか、俺がいると魔法が無効化されるんだもんね。じゃ、ティナちゃん、少し歩いたところに公園あるから、そこで待ってよっか」

「・・・・わかったわ。魔王リカリナ、よろしくね」

「任せろ」

 少しせき込みながら、外に出る。


「大丈夫?」

「よ、よくあんなところにいて平気ね。ゴブリンの巣窟だってもっとマシだったわ」

「ティナちゃん辛口だね」

「本当のことだもの」

 春の風に肺が洗われるような感覚になった。





 公園の周りは高い建物に囲まれていた。

 木々が揺れると、どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえるのは、向こうの世界と変わらないのね。

「はい。ミルクティーでいい?」

「ありがとう」

 雄太が、飲み物を渡してくれた。ベンチに座る。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 といっても、雄太と話すことなんてないのよね。

 女じゃないし、男の人に感じるようなドキドキもない。

 私たちの作者っていうけど、いまいちよくわからないし。


「えーっと、あの、今は普段、何してるの?」

「あぁ、無料のゲームやったり、推しの配信見たり、ラノベ読んだりかな。無職最高だよ。コンカフェで頑張ろうとしてる、ティナちゃんたちには申し訳ないけど、俺は適当に魔法使ってこの世界を謳歌した方がいいと思うね」


「・・・私は・・・」

「この世界って、働かない方がいい暮らしができたりするんだ。俺みたいにね」

 小さな子供たちが、走り回っているのが見えた。


「昔はゲーム制作に携わっていたけど、ゲームって生き残りが難しいんだよ」

「私と魔王リカリナがいた世界・・・」

「そうそう。女ばかりの『アース ストーン』ってゲーム。あれは俺の・・・今、思えば青春みたいだったな」

 細い目でこちらをじっと見る。


「君らのいる世界は、どうゆう世界だったんだ?」 

「女ばかりでした」

「それは知ってるよ。『アース ストーン』には女キャラしかいない。男性向けソフトだったからさ」

「でも、女ばかりだったんですけど」

 少し膨れながら言う。


「会社倒産して、リリースできなかったんだって。もし、リリースできたら、プレイヤーの男性としゃべったり、飲んだり、旅したり、いろんな交流があったはずだよ」

「・・・・・・!」

 リリースしてれば、向こうの世界で、ドキドキするような展開もあったのね。


 私も魔王リカリナもカンストするほど強くなって、単独で最終決戦までいってしまったけど。

 プレイヤーさえ来ていれば・・・。


 飲み物を一口飲んだ。

「えっと、それから・・・食べ物が美味しかったわ。街並みも綺麗で、小説家がいたので面白い本がたくさんあったの。あとは、ひたすら鍛錬ですね。魔王リカリナを倒すために・・・・」 

「そうか。じゃあ、俺が作った設定のままの世界だったんだな。上にはボツにされたんだ、本があるって設定はいらないって・・・変な影響を与えたら困るって」


「どうゆうこと?」

「実はね・・・・」

 雄太が缶を両手で持つ。


「君らに、多くの本を与えたのは俺なんだ。自分たちで、世界を創造していってほしかった。俺自身うまく行ってない人間で、現実逃避に本をよく読んでたから。叶ってよかったよ」

「・・・・・・・・・」

「その世界でプレイしてみたかったな。本当、人生うまくいかないよ」

 どこか、切ない声で言う。


 諦めと希望の入り混じったような、表情をしていた。


「私・・・は、働くのが好きなの」

「え?」

「私はコンカフェで働いて、みんなの笑顔を見て、もっともっと頑張ろうと思った。魔王リカリナを倒したら無職になっちゃうから、こっちに来てよかったって思ってる」

「・・・そっか」

「だから雄太も本当は・・・」

 雄太がすっと立ち上がった。


「ま、ティナちゃんとリカリナちゃんが一生懸命働いても、俺は無職を満喫するけどね。引きこもりニート最高だよ!」

「・・・あ、そう」

「じゃ、そろそろ行こうか。リカリナちゃん、どれくらい綺麗にしてるかな?」


 きっと、雄太は仕事をしていなくても才能があるはず。

 だって、私たちを作った人だもの。





 キィッ


「お前ら、遅いのだぞ」

「わー」

 魔王リカリナが得意げになって待っていた。

 壁や床、柱、階段も新品のように磨かれていて、埃ひとつない。


 玄関には小さな花が飾られていて、ほのかにいい香りがした。


「これが・・・俺の家・・・?」

「さすが、魔王リカリナね」

「ふふん、これが私の実力なのだ」

「!!」

 雄太がはっとして、1階の部屋の中に入っていった。


「?」

 魔王リカリナと顔を合わせて、首を傾げてから後をついていく。


「うわぁぁぁ、よかったー!!!!!!」

 大声を上げる。


「捨てられてなくて」

「どうした?」

「ん?」

 壁に貼られた、ピンク色のメイド服を着た少女の絵。

 いろんなポーズをした人形が置いてある棚? どれも同じ子に見える。


「俺の推しグッズの周りも、綺麗にしてくれたんだね。ありがとう、リカリナちゃん」

「彼女は誰なの? ゲームにはいなかったけど」

「はは、違う違う。俺が今、全力で推してるVtuberだよ」

 私と魔王リカリナと同い年くらいに見える。


「お前の好きな奴なのか?」

「そう。この子が俺の最推し、Vtuberの西園寺めいみ、通称めいみゅう」

 堂々と、壁の絵を指した。


「推しってなんだ?」

「ファンって意味らしいは。好きってことで合ってる」

「最推し、めいみゅう・・・・・」

 魔王リカリナと声を小さくしながら話す。


「等身大タペストリーも本当はたくさんあるんだよね。全部飾りたいけど、なんていうか、等身大タペストリーは1つでいいんだよ。1つのほうが一緒にいる感じがするから」

「・・・・・・・・」

 熱く語っていたけど、さっぱりわからないわ。


「ほら、こっちにもある。見たかったら是非見てほしい。めいみゅう、マジでマジで天使だから。男性だけじゃなく、女性にも人気なんだよ。歌が上手いんだよね」

「!?」

 雄太がクローゼットを開ける。

 西園寺めいみの絵が描かれた色々なものが飛び出てきそうになっていた。


「・・・・これって、買ってるのよね?」

「もちろん、推しに貢ぎまくってるよ。どんなに安くても転売からは買わない。推しにお金がいかないと意味がないんだ」

 自信満々に言う。

 棚に置いてある手のひらサイズの人形の、角度を変えていた。


「お前、無職なんだろ? 仕事もしないで、こんなの買ってるのか?」

「貯金切り崩してね。めいみゅうは俺の生きる希望だから、生きるための必要経費に含まれるよ。あ、毎日22時から配信だから、その時間はなるべく音を立てずに静かにしててね」

「・・・え・・えぇ・・・・うん」


「実はめいみゅうが、異世界コンセプトカフェ『リトルガーデン』に触れてたから、バズった動画見つけたんだよね。それで、ティナちゃんとリカリナちゃんと会えた。本当、俺の全ては推しのおかげだよ」

「・・・・・・」

 私たちの、思い込みの激しい性格は、この人から来ている気がする。


 魔王リカリナが何か言いたげに、袖を引っ張ってきたけど、無視した。

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