第9話 同居人が怪しまれる

 ミコさんが固まった。


「えっと、もう一度・・・・いい?」

「私と魔王リカリナ、は、挟間雄太の家からバイトを続けたいと思います。寮に部屋まで用意していただいたのにすみません」


「そこはいいんだけど、本当に、彼と住むの? 3人で?」

「あぁ、あいつは無職だが、たいしょくきん? とかなんとかで食いつないでるらしいのだ」

「本当に大丈夫?」

「一応・・・」


 お客さんのいなくなった店内で、佐久間さんとミコさんに事情を話していた。

 (佐久間さんは、雄太がいなくなったからちゃんとオークに見えてる)


 麗奈や彩夏たちが、小道具を整理しながら、ちらちらこちらを気にしているのがわかった。


「はい・・・まぁ・・・一応、家はここから近いようなので」

「そうじゃなくて!」

 ミコが前のめりになる。


「もし、何かされるような・・・ここでは言いにくいこととかされたら、必ず言ってね。日本にはセーフティーネットって言って未成年の子を保護する仕組みはいくつでもあるから」

「?」

 心配そうに、私と魔王リカリナを見る。

 言いにくいことって何かしら? 


「大丈夫だぞ。勇者と魔王だ。ここでの仕事も続けるし、住む場所が変わるだけなのだ」

「そ・・・・そう?」

「うん。この手の変化は慣れているのだ」

 魔王リカリナが吹っ切れたように言う。

 ここに来る直前まで、寮にいたいって駄々をこねていたのに・・・。


「そうだね。じゃあ、明日、引っ越しということでいいかな? あの部屋は空いてるし、もう少し、ゆっくり引っ越してもいいんだけど」

「はい。もう荷物はまとめてあるので、明日、引っ越します」

「そっか。シフトは調整しておくから、もし、明後日も来るのが難しいようだったら遠慮なく言ってね」


「ありがとうございます」

「・・・・・・・・・」

 雄太が帰ってから、みんな腫れ物にでも触るように優しかった。

 どこかの機関への通報手段とかも教えてくれた。


 こっちの世界は詳しくない。

 でも、絶対、何か勘違いされているのはわかった。




「ゲーセンの前まで並んでるよ。マジか」

 早朝、待ち合わせの時間に寮の前で待っていた。

 コンカフェの前には、ものすごい行列ができているのが見える。


「今日も忙がしくなりそうね。ごめんね、お休みもらっちゃって」

「いえいえ。今日は、勇者ティナちゃんと魔王リカリナちゃんは、修行のため急遽、休暇ですってSNSにアップしてるから大丈夫です」


「2人目当てのお客さんが多いのかなって思ってたから、あんなふうに並んでくれて、私としては、ほっとしてるよ。せっかくなら、私だって目立ちたいもん」

 麗奈と彩夏がお見送りに来てくれた。



「麗奈、雄太の家が嫌になったら、麗奈の部屋に泊めてもらうぞ」

「もちろんです。いつでも来てくださいね」

 麗奈は雄太と会ってすぐに、私たちとの深い繋がりを感じたのだという。

 霊感は魔法じゃないって言ってるけど、魔法みたいなものね。


「私のところもいいぞ。佐久間さんの許可も取ってあるからな」

「彩夏のところは嫌なのだ。変な香水のにおいがする」

「ディオールの香水だって。推しの配信を見るときは、香水つけて見るって決めてるの。朝シャワーで落としてるってば」

「うぅ・・・・やっぱり、彩夏のところにも行くぞ」

 魔王リカリナが瞬きをすると、どばっと涙が溢れてきた。


「魔王リカリナ、泣かないで。明日から普通にコンカフェでバイトすることには変わりないんだから」

「だって・・・楽しかった。ずび・・・」

 ハンカチを貸してあげる。


 魔王リカリナは、全然吹っ切れていなくて、ずっと泣いていた。

 これが、史上最悪の魔王の姿だと思えない。


「今から佐久間さんに言ってみようか? ミコさんも相当気にしていたし、取り合ってくれると思うよ」

「いいのいいの。私と魔王リカリナで決めたことだから」


 このまま、ここで働くにはこれしか選択肢が無かっただけだけどね。


「うぅ・・・ひっく・・・」

「魔王リカリナってよく泣くのね」

「うるさいな。魔王に来る人間がずっといなかったから、寮の空気に憧れてたのだ。遠隔攻撃でも、殲滅してしまうから・・・」


「おーい」

「!?」

 雄太がジャージにサンダルで走ってきた。


 瞬時に、麗奈と彩夏が警戒心を剝き出しにしていた。


 私も異世界でこうゆう光景見たことあるわ。

 裕福な女の人が、働き手として、小さな女の子を連れていくの。


 もちろん、無職ではなかったけど。



「その服似合ってるじゃないか。魔法で出したのかい?」

「私があげたんです。変わった服しか持ってなかったので」

 異世界から装備品を出せたが、どれもこの世界には合わないらしい。


「そうかそうか。もう友達ができたのか。よかったね」

「そうね」

「じゃあ、行こうか。俺、あんまここに長居すると、職質されちゃうから。はは、なんでだろうね。薬なんてやってないのに」

 雄太が来た途端に魔力が無効化されるのを感じた。


 木の前にいたオークが、男性になってるわ。

 通りすがりの人たちに比べて、雄太がこの世界でちゃんとしていないのが一目でわかる。


「明日ね。彩夏、麗奈」

「はーい。気をつけてね」

 彩夏と麗奈に手を振って、雄太と秋葉原の街を歩きだす。

 目立つのか、道行く人の視線がこちらに向いていた。




「この辺は、車の通りが多いから気を付けて。車っていうのは、その辺を走ってる鉄の塊。ぶつかると、えっと、君たちは魔法を使えば無傷だろうけど普通の人間なら死ぬからね。この世界には、交通ルールがある。ま、おいおい説明するよ」

「人ばかりで、酔いそうなのだ」


「この時間は通勤ラッシュなんだよ。もう少し歩いたら、人通りの少ない場所に出るから」

 似たような恰好をした男の人たちがたくさん通っていく。


 かっこいい。みんな、かっこよく見えるわ。

 本当に、この世界に男性はたくさんいるのね。


 雄太がいると、男性がオークに見えないから歩きにくかった。


「それにしても、コンカフェか。勇者ティナと魔王リカリナがいきなりコンカフェに転移、すごいことだよな」

「どうしてなのかはわからないけどね」

 大通りを曲がって、狭い道に入っていく。

 急に静かになった。

 ぼろぼろの看板が、風でガタガタ揺れていた。


「よく働けるなって思ってさ」

「魔王は無職ではないからな」

「ははは、違うよ。『アース ストーン』ってゲームは女しかいないはずなんだ。そもそも、ティナちゃんもリカリナちゃんもみんな男に耐性のない女の子って設定だったから、コンカフェで接客できることに驚いたんだよ」


「!?!?」

 魔王リカリナと目が合う。


「ま・・・まさか・・・」

「私たちが男の人全員かっこよく見えてしまうのって」


「あ、俺が盛り込んだ設定。リリースしたらプレーヤーとイチャイチャしてもらいたかったんだ。ギャルゲー要素的な? 人気がないと、コンテンツが維持できないからね」

「・・・・・・・」


「それに、普段は強いけど、初々しくて夢見がちな女の子ってめちゃくちゃ可愛いじゃん。勇者と魔王はギャップがなきゃ」

「・・・・・・・・・」


 ピキッ


 この男・・・・。


 驚きのあまり、歩くスピードがゆっくりになる。

 雄太だけがすたすたと前を歩いていた。


「あれ? ティナちゃん、リカリナちゃん、どうしたの? 何か忘れ物?」

「・・・・・・」


「すみません。ちょっといいですか? 私たち警察官なんだけど、後ろの子たちは?」

 突然、雄太が女性に腕を掴まれて、手帳のようなものを見せられていた。


「ちちち、違いますよ。俺、この子たちの保護者ですって」

「このくらいの子供を持つには、若いようにも見えるが、仕事は?」


「仕事は・・・現在休職中です。でも、保護者なのは確かです。身分証は持ち歩いてないですが、その子たちに、確認してください」

 いきなり、女性たちに職質らしきものを受けている。


 魔王リカリナの魔力が高ぶっていたが、全て無効化されていた。


「私、イケメンに囲まれてゆるゆる異世界ライフを過ごせる場所に転生するはずだったのに・・・」

「正直、私も同じ気持ちよ。魔王リカリナ」


「あ、あいつには、逆らえないなんて・・・」

 少しすると、優しい声で女警察官が話しかけてきた。


 自転車に乗ったおじさんが、物珍しそうにこちらを見て、通り過ぎていった。 

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