第8話 無敵の人

 ドタドタドタドタッ


「佐久間さん! 休憩室に・・・」

「すみません、上を通したって聞いたので」

「いや、俺こそ、危険な目にあわせてすまなかった」

 ドアの向こうから話し声が聞こえる。


 バタン


「!?」

「2人の保護者なんて、嘘ですよね? 直ちにお引き取りください」

 佐久間さんが、男の人2人を連れて、休憩室に入ってきた。


「いやいや、違うって。嘘じゃない、あ・・・・・」

 いかつい体の男が、雄太の腕を掴む。


「何するんだ? 俺は2人の・・・」

「ここは従業員の部屋だ。あまりしつこいと警察に突き出すぞ」

「俺は本当に2人の保護者なんだ。離してくれ」

「妄想もここまで来ると重症だな。バズった動画で目をつけてきたか」

「違うって。誤解だ」

 雄太が、助けを求めるような目で、こちらを見ている。


「2人とも、何ともなかったかい? ごめんね、セキュリティ管理不足だ」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 魔王リカリナと顔を合わせた。


 男の人が、オークに見えない。

 私がかけた魔法が、完全に解けてる。


 まずいわ。

 部屋にいる男性が全員かっこよく見えて、くらくらする。

 雄太がいると、魔法が使えなくなるどころか、無効化されてしまうらしい。


 体の中から熱くなった。

 心臓がバクバクして張り裂けそう。

 男への耐性がなさ過ぎて、このままだと仕事にならないわ。

 働けなくなっちゃう。


「本当に保護者なんだよ。な、勇者ティナ、魔王リカリナ」

「相当ヤバい奴ですね。思い込み激しいし」

「いたたた・・・・」

「とにかく、この部屋から出てください」

 雄太の貧弱な腕をがっしり掴んで、引きずり出そうとしていた。


「大丈夫? ごめんね。私が通しちゃったから」

 絵里奈さんが涙目になりながら、背中をさすってきた。


「ほ・・・保護者です・・・・」

「え・・・?」

 信じたくないけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないわ。

 女神の加護を受けたのは、私が勇気のある勇者だったから。今は勇気を出して受け入れるとき。


「彼、私たちの保護者なんです」

「え・・・・」

「大丈夫? 何か深い事情でも・・・」

 絵里菜さんが、心配そうにこちらを覗き込む。


「そこの挟間雄太・・・は私と魔王リカリナの保護者です」

「えぇっ!?!?」

 この場にいた人が、みんな飛び上がるように驚いていた。

 腕を掴んでだ男の人が、ぱっと雄太の腕を離す。


「ほ、本当なの? 何か言わされてない? 魔王リカリナちゃん?」

「・・・・こいつは、私たちの保護者で間違いない」

 魔王リカリナが、ものすごく不服そうな顔で呟く。


「そうなの!?」

 全員の声が一つになった。


「あ、あぁ、すみません。本当に申し訳ないことをしてしまいました」

「いえいえ」

 佐久間さんがわたわたしながら、雄太に謝っていた。


「あはは、気にしないでください。俺、こうゆう見た目なんで。職質受けまくってますから」

「ティナちゃんとリカリナちゃん、家出・・・とか?」

「え・・・いえ・・・・」

「あぁ、俺がコンカフェでアルバイトでもしてみたらって言ったんですよ。俺、無職で、求職中なんで」

 雄太がぼさぼさの頭を掻きながら、へらっと笑う。



「・・・・・・・・・」


 シン・・・・



 時計の音が、カチッと鳴り響いた。


 すっごく、私と魔王リカリナを憐れむような空気が流れたのがわかった。

 魔王リカリナは魔法を封じられて、まだ混乱している。

 私がしっかりしなきゃ。


「えっと、じゃあ・・・2人が今後どうするかは、保護者と話し合うといいね。寮はこれまで通り使ってもいいし、自由だよ。ティナちゃん、リカリナちゃん、邪魔しちゃってごめんね」

「こ、こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした」

「いやいや、ゆっくり話し合って。2人とは大事なスタッフだからね。今からシフト空けておくから」

「ありがとうございます」

 頭を下げる。


 保護者といっても、初対面なんだけど。




「ありがとう。ティナちゃん、臨機応変な対応、さすが勇者だね」

 みんながいなくなったのを確認してから、深呼吸をした。

 この人、悪い人じゃないことはわかってるんだけど。


「何が目的なの?」

「君たち、僕がいる場所だと魔法が使えないのか」

「っ・・・・・」

 女神の啓示・・・は無かったけど、ものすごく嫌な予感がした。


「2人とも、すっごくお気に入りのキャラだったんだ。どうして、こっちの世界に転移してるのかは全然わからないけど、こうやって会えて話ができて、夢みたいだよ」

「なんだ? 要件を早く言え」

 魔王リカリナが腕を組んで、睨みつける。


「じゃあ、直球でいこう。3人で一緒に住もう」

「え!?」

 魔王リカリナと声が被った。


「どど、どうゆこと? 私たちは、寮からこのコンカフェに通ってて・・・」

「そうだぞ。寮のふかふか布団で寝るのが唯一の楽しみなのだ!」

「反対よ。それだけはできないわ!」

 必死に反対した。


「まぁまぁ、君たちは異世界から来てるからね。ぶっちゃけ、色々と心配なんだよ」

 雄太がドアに寄りかかって、息をつく。


「だって、電車も乗れないだろ? ツイッターも今回は良い方向でバズったけど、SNSは君が思っている以上に危ない。この店を社会的に抹消するくらい悪い方向にバズることだってあるんだ。そうゆうのはちゃんと勉強しないと」

「でも・・・SNSのことなら、みんなが・・・・」


「周りが教えてくれるのかもしれないけど、周りだって、抱えなければいけないことがある。何もかも一から説明するのは負担になるんだ」

「・・・・・・」

「君たちのいた世界はよく知ってる。こっちの世界と全然違うことも」

 説き伏せるように言う。

 魔王リカリナが俯いていた。


「君たちは本当に思い入れのあるキャラなんだ。何度も試行錯誤した・・・確かにリリースはできなかったけど、大切なキャラだ。転移してきたこの世界で、絶対にもめ事を起こしてほしくない」

「・・・わかってる・・・けど・・」

 麗奈や彩夏と話していて、かみ合わない部分が気になっていた。

 受け入れたくないけど、雄太の言ってることは正論だ。


「コンカフェを辞めろとは言ってないよ。俺の家にいる時間は、ただの教育期間だと思ってくれ。この世界に慣れたら出ていけばいいからさ」 

「で、でも、寮だとコンカフェまですぐだぞ。お前の家からだと、ここまでどれくらいかかるんだ?」


「実は俺、ここから10分のところに住んでるんだ。たまたま、遠い親戚の人が空き家持ってて、空けとくの物騒だからって貸してもらってるんだよね。運が良かったよ」

「!」

 彩夏がこのカフェ周辺は一等地って言っていた。

 賃貸でも、一般人が住めるような金額じゃないと。


 それを、無職の彼が?


「・・・・・・・・・・・・」

「あの・・・お金を稼がなくて、どうやって生活してるの?」

「んー水光熱費とか食費は、貯金と退職金と失業手当があるから。食費とか詰めていけば、あと3年はいけるよ。たぶん」

 そんなこと、本当に可能なのかしら。


「昔は残業しまくって、稼いでたんだけど、会社倒産してからは何もやる気なくてさ。本当、この世界って働いたら負けって感じだから」

「働いたら・・・負け」

「そそ、無職最高」

 軽く笑っていたけど、なんかずっしりとした重みがあった。

 働いたら負けなんて、どんな世界にいたら出てくる言葉なのかしら。


 私たちの世界では、ゴブリンだって魔王城周辺で活躍してたのに。


「あと、質問があったら何でも答えるよ。さっき、嘘ついてここ来ちゃったけど、嘘って元々苦手なんだ」

 どうしよう。雄太の言葉に嘘偽りはないのはわかってる。


 本で見たことがある。

 彼のような何も失うものが無いような人のことを、無敵の人というらしい。


「どうするのだ? 勇者ティナ」

「だって、行くしかないでしょ。彼には逆らえない。今みたいに急に現れて、魔法が使えなくなると、私たち、仕事できないじゃない」

「でも・・・寮にいたいのだぞ。楽しかったのに」

 魔王リカリナが、ツインテールをいじりながら肩を落としていた。


「じゃあさ、こうしよう。たまに、寮の子に泊めてもらえばいい。でも、基本は俺の家。2階は使ってないから、自由に使うといいよ」

「・・・・・・魔王リカリナ、今日、荷物まとめるわよ」

「・・・・・」

 魔王リカリナが渋々頷いていた。


 雄太がいると、女神の啓示すら聞こえてこないわ。 

 『イケメンにちやほやされる令嬢』を目指して転移してきたのに。


 最大の敵だった魔王リカリナと、36歳無職独身の男と同棲することになるとは、思わなかった。

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