第7話 元クリエイター36歳童貞無職 挟間雄太

「『冒険者様、来てくれてありがとうございます。ここは魔王城近くの休憩所。ゆっくりしていってくださいね』」

「おー」

「勇者ティナちゃん、本物だ」


「本日のおすすめは、『白魔女癒しの煮込みシチュー』です。他にも気力回復、魔力回復などのメニューを揃えておりますので・・・」

 お客さんをテーブルに案内して、メニューを説明していた。

 2日経ったら、だんだん慣れてきた。

 タブレットの使い方もわかってきて、オーダーミスもしなくなった


 勇者はいかなるときも、柔軟な対応ができなきゃね。


「すみません。おしぼり4つもらってもいいですか?」

「はい。ただいま、お持ちしますね」

 さくっと、おしぼりを渡す。

 他愛もない話が出てきても、全く緊張しない。


 私はとっておきの秘策を思いついてしまった。


 男性は全員、オークに見えるよう幻影の魔法をかけていた。

 『リトルガーデン』もオークの食堂に見える。


 あのままじゃ、みんなかっこよく見えて仕事にならないもの。

 朝から晩まで満席で、キッチンもホールも忙しいから、勇者である私がいちいち倒れていられない。


「魔王リカリナちゃんの魔法動画がバズったから、店内が大変なことになっていますね。外はまだまだ行列ができてるみたいです」

 麗奈が水を持って近づいてきた。


「佐久間さんも開発チームの皆さんも、かなり喜んでるって聞きました。秋葉原のコンカフェが全国のトレンドに出てくるのですから、驚きますよね」

「トレンドって? えっと、ついったーだった?」

「はい。Twitterのトレンドで『リトルガーデン』と『魔王リカリナ』と『勇者ティナ』が同時ランクインです。さすが勇者様は覚えが早いですね」

「麗奈が教えてくれたからね。私だけじゃ、まだまだわからないことばかりなのに」

「ゆっくりで大丈夫ですよ。何でも聞いてくださいね」

 麗奈はどんな質問でも丁寧に答えてくれた。


「2人とも休憩入って。これから、デザート系のメニューになるから、少し回転がゆっくりになるから」

 絵里奈さんが両手に料理を持って、声をかけてくる。


「ありがとうございます」

「私、お客さんのところにお水を置いてから休憩入りますね」

 麗奈がA5テーブルのほうへ歩いていった。





「ふぅ・・・・」

 休憩室のドアを開ける。


 やっぱり動いていたほうがいい運動になる。

 異世界に来てから、スマホやタブレットの使い方を覚えたり、頭を使うことが多かったから。


「・・・・・・・・・・・・」

「んご・・・?」

 魔王リカリナが椅子をつなげて、いびきをかいていた。


「魔王リカリナ!」

「はっ、なんだ? 勇者ティナか。私は眠いのだぞ。戦闘なら後にしてくれ」


「仕事中でしょ。寝てていいの? 料理の仕上げは・・・」

「あ、魔王リカリナちゃんも休憩なんです。『煉獄の』がつくメニューは軒並みSold Outで、ここまで注文が殺到するとは上の人も思っていなかったみたいです」

 麗奈が休憩室に入ってくる。


「仕入れも調整するとのことでした」

「そうなの」

 魔王リカリナから手を離す。


「勇者ティナちゃんもお疲れ様です。声かけられてばかりで、大変でしたね」

「んー、どうして、そのトレンドというものに私も載ったのか、わからないんだけど」

「動画に、勇者ティナちゃんの姿もほんの数秒映ってたんです。2人とも目立ちますから」

 スマホを出して、魔王リカリナが魔法を使う場面を映していた。

 どう見ても魔法を使っているのに、こっちの世界では全く疑いもなく、火の扱いが上手いってことになってるらしい。


「勇者ティナがうるさいから起きてしまったぞ」

「また寝ればいいじゃない」

「二度寝はできないのだ」

 魔王リカリナが椅子に座りなおす。


「男が全員オークに見える魔法なんてつまらないのだぞ」

「自分からかけてって言ったんでしょ」

「だって、失敗して窪塚さんたちに嫌われたくないから。でも、全然仕事をやる気が起きないのだ。歩いて配膳するなんて面倒だぞ。魔法で一瞬でできるんだぞ」

「まぁまぁ・・・・」

 麗奈が手に持っていたカバンから、ビニール袋を出した。


 パンッ


 袋を開けると、コンソメのいい香りがした。


「ポテトチップスっていいます。美味しいんですよ。食べてみてください」

「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」

 一つつまんで、口に放り込む。


「ん、さくっとしてぱりっとして美味しい!」

「よかった。カフェのメニューだけじゃなくて、ジャンクフードも美味しいんですよ」

 向こうの世界の食べ物も美味しかったけど、こっちの世界のほうが美味しいかしら。

 味も、人の口に合うように調整されてるから。


「魔王リカリナちゃんもどうぞ」

「ふむ・・・」

 一口食べて、もぐもぐしながら次の1枚も入れようとしていた。

 満面の笑みを浮かべる。

「美味しいな。美味しいのだ、この世界の食べ物は・・・」



 タッタッタッタッタ



 ドアの向こうが騒がしかった。

「お、お客様、ここは従業員の休憩室なので」

「許可は取ってる。魔王リカリナと、勇者ティナの保護者だ。彼女たちに会わせてくれ」

「保護者? え・・・でも・・・あっ・・・」


 バタン


 勢いよくドアが開いた。

 無精ひげを生やした30代くらいの男性が、息を切らして立っている。

 謎のロゴの描いたトレーナー、よれよれのズボン。

 ボサボサの髪を掻く。


「!?」

「・・・・・マジか・・・・・」

 私たちを見て、目を丸くしていた。

 呆然と固まっている。


「トレンドの動画を見てまさかとは思ったけど・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

 魔王リカリナを顔を合わせる。

 この男の人、どうして私の魔法が効かないのかしら。全然、オークに見えなかった。


「勇者ティナちゃん、魔王リカリナちゃん、知り合・・」

「えっと、知ってる方なんだと思います。キキさん、私たちちょっと席を外した方がいいと思うので」

「え? でも、危なくない? あ・・・」

「数分したら戻ってきますね。失礼します」

 麗奈が何かを悟って、キキを連れて出て行ってくれた。



「誰だ? お前」

「言っても信じないと思うけど・・・」

「何? 私たち、男というものを知らない世界から来たの。誰かと勘違いしていないかしら?」

「もちろん、よく知ってる。アステリア王国だよね?」


「!」

 不思議とこの男の人には全くときめかなかった。


「俺、君たちの作者だよ」

「え!?」


「俺が『アース ストーン』ってゲームに携わっていたとき、ゲームクリエイターをやってたんだ。会社ごと倒産して、『アース ストーン』が世に出ることはなかったけどね」


「!?」

 信じたくないけど、魔王リカリナの言っていたことと同じだ。


「嘘、じゃないだろうな?」

「マジなんだって・・・」 

 魔王リカリナが男の前に出て、手をかざす。


「魔王リカリナ、ダメよ。まずは話し合いをしなきゃ」

「どけろ。私は、お前のように甘くない。手っ取り早い確認作業だ」

「・・・・・・」

 金色の瞳で睨まれる。

 これが本来の、魔王リカリナ・・・。



 ― 絶対服従の縛り ― 


 ドンッ


 ぽすぅぅぅぅ


「!?」

「少しミスったか。もう一度集中して・・・」

「あのバズった動画は、やっぱり魔法を使ってたんだな」


 ― 絶対服従の縛り ― 


 ドドン


 すぅぅぅ・・・・



 魔王リカリナがもう一度、魔法を唱えていたけど、瞬時に無効化されていた。


 まさか、この男の力?

 女神の加護を受けた、私以外に、魔王リカリナの魔法に対抗できる人がいるなんて。


「な・・・お前、一体なんなんだ?」

「俺が作者だから効かないとかじゃないの? ちなみに、君たちの大まかな性格を考えたのも俺なんだ。のびのびと育ってくれたみたいで嬉しいよ」


 魔王リカリナの魔法は完璧だったのに、男はどこからどう見ても、全くの無傷だった。

 魔法がかすった形跡すらない。


 そんな・・・。



「じゃあ・・・・」

 指先に魔力を溜めて、魔法陣を描く。

「私がやってみようかしら?」

「止めておけ。時間の無駄だ」

 魔王リカリナが一歩下がる。


「・・・私は『絶対服従の縛り』の魔法で失敗したことなどない。こいつの言うことはまさかとは思うが」

「私たちを作った人ってこと?」 

「そう。懐かしいな、あの時は好きな仕事をして、朝から晩まで働いて、あー、何度かダウンしたけど、こう生きてるって感じがしたな。『アース ストーン』、リリースしたかったな」

 遠くを見つめながら、目を細めていた。


「・・・今は、何をしているの?」

「お前も、このカフェの運営に関わっているのか?」

「いや、無職だよ」

「へ?」

 体の力が一気に抜けた。


「退職金と休職手当で何とか生きてる、36歳無職彼女いない歴年齢、推しはVtuberのめいみゅう。挟間雄太だ。よろしくね」

「・・・・・・・」

 雄太が手をひらひらさせて、笑っていた。  

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