第6話『リトルガーデン』初日
「異世界ファンタジーカフェ『リトルガーデン』へようこそ」
「『冒険者様、私はドラゴン族の末裔です。この世界についてわからないことがあれば、なんでも聞いてくださいね』」
「わぁー、俺たち冒険者か。なんかすげーな」
「朝から、並んだかいがありましたね」
「店内撮影OKなので、たくさん撮ってSNSにアップしてくださいね」
「マジで。あー並んでよかった」
頭に小さな角と、手に鋭い爪をつけた女の子がお客さんを通していた。
あんなふうに、話せばいいのね。
ちゃんと、目に焼き付けておかなきゃ。
両手に力を入れる。
店内にどんどん人が入ってくる。お、お、男ばかり。男ばかりが入ってくる。たまに女の人もいるけど、8割くらいは男。
みんなかっこよく見えてしまう。
ちゃんとしなきゃダメよ、勇者ティナ。
私は数々の困難を超えてきた、女神の加護を受けし・・・。
「っ・・・お、男がいっぱいなのだ」
魔王リカリナが緊張のあまり固まっていた。
そういえば、こっちは史上最強最悪の魔王だったわ。
「魔王リカリナ、魔法を失敗しないようにね」
「呼ばれたらどうすればいいのだ? 『煉獄の~』がつくメニューは、魔王がテーブルで火を起こすと聞いているのだ」
「練習してたじゃない」
「男の前ではしてないのだ。この世界にこんなに男がいるなんて。緊張して・・・」
「大丈夫。男性客も、女性客と同じようにすればいいだけですよ」
魔女のローブを羽織った麗奈が、そっと隣に並ぶ。
「すみません」
A3のテーブルに座っているお客さんが手を挙げる。
「勇者ティナちゃん、A3テーブルのオーダーお願いします」
「は、はい」
タブレットを持って、席の前に立つ。
「勇者ティナちゃん」
「は、はい」
男性客2人組。絵の描いた紙袋を持っていて、こっちを見上げると笑いかけてくれた。笑いかけてくれた。
私、男の人から、笑いかけてもらえた。
どうしよう・・・。
「実物めちゃくちゃ可愛い。あの、『ドラギアス』ってゲームに出てくる女勇者の子みたい」
「わかる、わかる。目のくりっとしたところとか、芯の強さとか・・・。勇者ティナちゃんはさすがに知らないよね?」
「すすすすすすすみません。私、魔王リカリナを倒すための修行ばかりしていてゲーム? とかはあまり・・・」
「そうだよな。ごめんごめん」
「ご、ご、ご、ご注文を・・・どうぞ」
「えーっとね。この『エルフのハーブティー』を2つ、『魔王の気まぐれサラダ』のMサイズ・・・」
「はい。『エルフのハーブティー』、『魔王の気まぐれサラダ』・・・」
必死でタブレットをスクロールする。
まだ、この世界の道具は使い慣れてない。ちょっとしたことで、画面が切り替わっちゃうから。
「あはは、ゆっくりでいいよ」
「す、すみません。慣れてなくて」
「異世界の勇者が注文取るんだもん。時間がかかって当然だから」
「・・・・・・」
なんて優しいの? なんてかっこいの?
ってやってる場合じゃないわ。今は仕事に集中よ。
あった。『エルフのハーブティー』と、『魔王の気まぐれサラ・・・。
キンッ
魔王リカリナの魔力の高まりを感じる。
「ま・・・まお・・・リカリナだ。この、この料理を食す者を・・・火刑に・・・・す」
ぼうっ
「うわっ!」
「(詠唱省略)女神の守りにより、炎を鎮火せよ」
小声で呟いて、素早く魔王リカリナの前に魔法陣を張る。
しゅううううううう
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
店内がしんと静まり返った。
パイがこんがり焼けて、いい匂いがする。
危なかったわ。このフロアごと焼き切ってしまうところだった。
魔王リカリナは自分の魔法が失敗したことに気づいていないのか、男の人を見て視線を逸らして、見て、逸らしてを繰り返していた。
パチパチパチパチ
「すっげー、マジのパフォーマンスが見られるなんて。今、攻撃魔法食らったような気分になったわ」
魔王リカリナの一番近くにいた、男の人が目を丸くしていた。
確かに、今のは攻撃魔法に近かったわ。
「今の撮ったか? これはバズるぞ」
「俺、拡散するわ」
「何者なんだ?」
周囲から拍手が沸き起こる。
魔王リカリナがツインテールを触りながら、顔を真っ赤にしていた。
「・・・・魔王リカリナなのだぞ」
「おぉ・・・・」
歓声が上がっている。
もう・・・魔王リカリナばっかり。
指を動かして、魔法陣を解く。今は、私がいなきゃみんな死んでたんだから。
「勇者ティナちゃん、どうしたの? 今、何か言った?」
「え? あ、えっと、なんでもないです。向こうにいる、魔王リカリナの様子が気になってしまって。ほ、他にご注文はございますか?」
「そうそう。『グレースブルグ、煉獄のパイ包み』一つで」
「・・・はい」
また、魔王リカリナね。
今度こそ、ちゃんと上手くやれればいいけど、100%無理ね。
私がどうにかしなきゃ、このカフェは消滅してしまうわ。
「俺たちは、勇者ティナちゃん推しだから」
「そうそう。ここに来る前、『リトルガーデン』の写真を見たときから、勇者ティナちゃん推しなんだよ」
「推し? とは、何かのメニューですか?」
「いやいや、ファンってことだよ。な」
「うん」
「!?!?!?!?」
オーダー用のスマホを落としかけた。
私のファン? ファンって、好きってこと?
ど、どうしよう。
私はここで、何か答えなきゃいけないの? 求婚?
いえ、落ち着くのよ。そう簡単には、求婚しないって、女神の啓示があったわ。
「えっと、『グレースブルグ、煉獄のパイ包み』をひとつ・・・・」
窪塚さんや花京院さんもかっこいいけど、お客さんも素敵で。
私、どうしたらいいか・・・。
「勇者ティナちゃん!!」
ふらっとめまいがした。目の前が白くなっていく。
麗奈が駆け寄ってきて、背中に手を当てた。
「はっ・・・私・・・・」
「大丈夫? すみません。勇者ティナちゃん、カフェでのバイト初めてで慣れてなくて」
「そっかそっか。無理しないで」
笑顔で手を振っていた。
麗奈に腕を支えてもらいながら、キッチン裏のほうへ行く。
「ごめんね・・・」
「慣れないことばかりで、戸惑ってしまうのは当然ですから」
彩夏がカウンターから顔を出した。
エルフ族をモチーフにした花のピアスが揺れている。
「どうした?」
「具合悪くなっちゃったみたいで」
「わかった。向こうの休憩場所でちょっと休んでて。顔色悪いな、もともと白いけど、真っ白じゃない」
「・・・本当、ごめんね。忙しいのに」
「謝ることないって。初めてのバイトで、こんな緊張感の中よく頑張ったよ」
彩夏が休憩室まで案内してくれた。
スタッフ専用の小さな休憩室は、物置のようになっていた。
剣や弓矢などの模造品が置かれている。夕方からは、少し店内の雰囲気を変えるらしい。
「はぁ・・・失敗しちゃった」
椅子に座って、もらった水を飲み干す。
想像以上に、体が火照ってしまった。
魔王城の前にいた50体の魔族を、なぎ倒した私が、倒れてしまいそうになっていた。
男の人に優しくされただけで、心臓が締め付けられるような感覚になる。
これが、本で読んでいたトキメキというやつなのね。
戦闘だったら、即死だったわ。
でも、早く行かなきゃ。
魔王リカリナが、また暴走するかもしれない。
彼女を止められるのは、女神の加護を受けた勇者である私だけ。
この世界の人たちを、危険にさらすわけにはいかない。
トントン
「くらくらするのだー」
「魔王リカリナちゃんもダウンみたいです。すみません、私、戻らなきゃいけないので、あとよろしくお願いします」
「あ・・・・」
麗奈が魔王リカリナを置いて、ホールに戻っていった。
お店は初日だけど大盛況だった。ひっきりなしにお客さんが入ってきて、キッチンも息つく暇もない。
こうやって休んでるの申し訳なかった。
勇者だけじゃなくて、アステリア王国のカフェでも少し働いたほうがよかったかもしれない。
「魔王リカリナ、どうしてここに来たの? 貴女なら体力有り余ってるでしょ?」
「男ばかりで緊張して疲れたのだ。でも、カフェで仕事するのって楽しい。男も含めて、みんなに褒めてもらったのだぞ」
「言っておくけど、魔王リカリナの魔法の暴発、私が止めたんだからね」
「わかってる。礼を言うぞ」
「え・・・・・・・・」
びっくりして、コップを落としそうになった。
「よいしょっと。とりあえず、休むのだ。今寝れば、いい夢見られるはず」
ガタン ガタン
魔王リカリナが休憩室の椅子をくっつけてベッドのようなものを作ろうとしていた。
まさか、魔王リカリナに礼を言われる日が来るなんてね。
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