第5話 女子寮

 バンッ


「勇者ティナー、眠れないのだー」

「もう!」

 いきなり魔王リカリナがパジャマのまま、部屋に入ってきた。


「勝手に入ってこないでってば」

「だって、だって・・・緊張するのだ。明日は男がいっぱいいるのだろ? そんな・・・全員に求婚されるってルートもあり得るのだ」

「はぁ・・・・」

 魔王リカリナがベッドでごろごろしている。

 せっかく、シーツを伸ばして、寝る準備を整えていたのに・・・。


「一応、私は勇者なの。史上最強最悪の魔王を倒すために女神の加護を受けた、誇り高き勇者なの。その部屋で、堕落した姿見せないでくれない?」

「お前だって、浮かれてるだろうが。魔力が漏れてるぞ。ほれ、その辺のもの浮いてるぞ」

「はっ・・・・」


 カタン トトトトトン


 慌てて浮いていたタブレット、スマホ、メイク道具、装備品を元に戻した。

 口に手を当てる。

 明日のことを考えたら、ワクワクしちゃって、全然気づかなかった。だって、お客さんは男が8割って聞いたし。


「な、なによ」

「人のこと言えないだろうが。ふふん、明日はついに私の長年の願いが叶うのだ。眠れないのだ」

 魔王リカリナが枕に顔をうずめて、うねうねしていた。


 悔しいけど、魔王リカリナが来なければ、物を宙に浮かせたまま寝るところだったわ。


「失礼しまーす。あ、ティナとリカリナ、一緒にいたんだ」

「勝手に、魔王リカリナが入ってきただけだけどね」

「ふふん、楽しみで、眠れないから、ここで朝まで過ごすのだ」

「なんだかんだ、仲いいね」

 彩夏が後ろに黒髪の女の子を連れていた。

 確か、キッチンにいた魔女の恰好をした女の子だったような・・・。


「どうしたの? ま、まさか、こんな夜中に男性から呼び出しが?」

 頬を押さえる。髪がまだ乾いてないのに。


「んなことあったら、捕まるって。この子、2人とどうしても話したいって言うから」

「はじめまして。寿麗奈といいます」

 しっとりとした口調で、頭を下げる。


「私は、えっと、女神の加護を受けた勇者ティナです。こっちは、史上最強最悪の魔王リカリナ」

「はい」

「キャラ徹底してるね。私も、エルフ族のリアムで通そうかな」

「キャラじゃないのだぞ。本当なのだ」

「はいはい」

 彩夏が髪を後ろにやって、あくびをする。


「じゃ、私そろそろ部屋戻るから。23時から最推しの配信があるの」

「推し?」

「失礼します。少しだけ話したら帰りますので」

「あ、ちょっと・・・」

 麗奈が部屋に入ってきた。

 なんか変わった雰囲気の子ね。


 彩夏がスマホをいじりながら、自分の部屋に戻っていくのが見えた。



「あの・・・どうしたの? 紅茶でも出す?」

「いえ、大丈夫です」

「はぁ・・・・楽しみなのだー」

「もう、魔王リカリナってば。人のベッドではしゃがないで」

 魔王リカリナがうきうきしながら、ベッドで跳ねている。


 このままじゃ、この子がいる間に、なんかの魔法を使ってもおかしくないわ。

 いきなり、戦闘にならなきゃいいけど。


「あの、大丈夫です。私、霊感があるんです」

「霊感?」

「って、なんだ? 召喚士とかとは違うのか?」

「そんなたいそうなものじゃなくて、人より少し感覚が鋭いというイメージでしょうか。お2人が本当に異世界から来たってこともわかります。過去を見ていると、魔王城? のようなものが、視えますから」


「!?」

「ほぉ・・・面白いな」

 魔王リカリナが体を起こして、ベッドで足を伸ばす。


「異世界がどんな世界だったのか知りたくて、ここに来ました。あの、お二人は本物の勇者と魔王なんですよね?」

「・・・えぇ。この子はこう見えて、252歳、史上最強最悪の魔王だったの。私は、彼女を倒すために女神の加護を受けた勇者」

「本当に敵同士だったの?」


「・・・そうよ。私は魔王リカリナをゆるしたことなんてなかった。多くの仲間が彼女を倒すために犠牲になったんだから」

「人間は弱いからな」

 魔王リカリナが退屈そうに言う。


「そう・・・なの・・」


 忘れそうになるけど、魔王リカリナは史上最強最悪の魔族の王だ。

 指一本で、一国の軍を殲滅させるほどの力を持つ。

 実際、魔王城に辿り着くまでに多くの仲間が死んだ。


 皆、魔王リカリナの圧倒的な力に、成す術もなかった。

 252年も・・・・。


「最終的に、勇者ティナが魔王城付近の魔族をぜーんぶ倒して、私の元まで来たから、いったん死んで、異世界転生する予定だったのだ。転移になったけどな。まぁ、いいのだ。この世界に男がいるとわかったからな」

 魔王リカリナが機嫌よく足をバタバタさせる。

 よほど、明日のカフェのオープンが嬉しいのね。


「女ばかりの世界だったのですか?」

「えぇ、男の存在は本では読んだことがあって、知っていたけど」

「本! 異世界にも本があるのですか?」

 麗奈がどんどん前のめりになる。


「もちろん。たくさんあるわ」

「魔王城にも多くの本があったぞ。魔族にも物書きはいたが、想像力がありきたりでな。人間の住む場所から取ってくるほうが手っ取り早い。探索の得意な魔族に言って、よく本を盗んできてもらっていたな」


「・・・魔王リカリナがやってたの?」

「まぁな。言ったろう? 私に敵う者は252年も現れず、ものすごく暇だったのだ。お前らだって、その辺のモンスターを武器にしたりしていただろう? お互い様だ」

「・・・・・・・・・」

 アステリア王国の図書館から、本が度々なくなっているから、賢者たちが嘆いていた。


 まさか、魔王リカリナの仕業だとは思わなかったわ。


「立て続けに質問で申し訳ないのですが、女ばかりということは・・・その・・・子孫を残すこととかはどうするのでしょうか? 子供はできるのですか?」

「ん? どうするって、そんなの・・・」

「あ、聞いておいてあれですが、言いにくいことだったら大丈夫です! すみません、私そうゆうの耐性無いので」

 麗奈が両手を振って、話を止めた。


「耐性?」

「子供はコウノトリが運んでくるに決まってるだろうが。何を言っている?」

「へ?」

「そうね。人間も魔族もコウノトリが運んでくるわ」

「あ・・・そうなのですね・・・・」

 麗奈が拍子抜けしたような顔をして、ほっと息をついていた。


 この世界にコウノトリはいないってことかしら?


「異世界に興味があるの?」

「正直、楽しくないぞ」

「でも、今よりはマシかなって思ってしまいまして」

 麗奈が髪を耳にかけて俯く。


「私、異世界に行って、強くなりたいんです。もう、人の嫌な部分や霊ばかり見る能力なんていらなくて・・・。私、弱いのでどこに行ってもいじめられてしまうんです。死んで、やり直せるなら、やり直したいなって」

 袖からちらっと傷が見えた。


 この傷は皮膚への切り込み方から、第三者からやられたものではない。


「・・・お前、その傷、自分でやったのだな?」

「はい・・本当に死ぬつもりはないんです。ただ、こうすると楽になれるので」

 傷に手を当てながら言う。


「その傷、治癒できるわ。私、こうゆうのは得意なの」

「だ、大丈夫です。これは・・・」

 手を伸ばすと、ぱっと振り払った。


「ごめんなさい。なんか暗い話なんてするつもりなくて、2人の異世界の話を聞きたかっただけなんです」

「・・・・」

「あと! 2人とも、異世界から来たなら、スマホとかタブレットとかわからないと思うので、なんでも聞いてください。この世界の人たちにとっては当たり前のことは、聞いてもあまり詳しく教えてもらえないと思うので」

「あ・・・・・」

 麗奈が早口で言うと、立ち上がってドアノブに手をかける。


「では、失礼します。明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」



 バタン


 ドアが閉まる。


「ねぇ、魔王リカリナ。麗奈は・・・」

「ふわぁ・・・明日のオープン楽しみなのだ!」


「今のを見て、切り替えられるの。本当、魔族よね」

「252年魔族の王だったからな。いちいち、すれ違う人間の感情なんて気にしてられないのだ」 

 ごろんとベッドにひっくり返りながら言う。


「・・・麗奈からは微弱な魔力を感じた。彼女が言っていた霊感というのが、私たちの持つ魔力にあたるのかしら?」

 何に苦しんで、自傷行為なんか?


 この世界に戦闘は無いと聞いていたのに。


「どうでもいいぞ。んなこと。私はちょうどいい感じに眠くなってきたのだ」

「じゃあ、自分の部屋に帰ってくれない? 私ももう寝たいんだけどっ」


 バッ


 枕を奪い取る。


「甘いぞ」

 布団をわしづかみして、寝返りを打つ。

 ミノムシのようにくるまっていた。


「ここで寝ると決めたのだ。明日は必ず起こせよ。勇者ティナ」

「あぁ、もう! ここで寝ないでってば」

「すぅ・・・・」

 魔王リカリナが、寝息を立てていた。

 叩いても引っ張っても起きない。


「すぴー」

「はぁ・・・」

 手を振り払って、大の字になった。


「この借り、絶対返させるからね。魔王リカリナ」

「ぴーふごっ・・・すぴーすぴー」

 本当、私、どうして魔王リカリナといるのかしら。

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