第4話 オープン前日

 ― 数日後 ― 


「異世界ファンタジーカフェ『リトルガーデン』へようこそ」

「うんうん。あと・・・?」

「えっと・・・『冒険者様、来てくれてありがとうございます。私は勇者ティナ、ここは私もたびたび利用している魔王城近くの休憩所です。ゆっくりしていってくださいね』」


「完璧だよ! そのセリフを言ってから、お客様をお席にご案内してね。勇者のティナだけがそのセリフ、エルフ族とも、ドラゴン族とも違うからちゃんと覚えておいてね」

「・・・はい」

 エルフ族の恰好をした絵里奈さんがにこっとする。

 カフェでの仕事は初めてじゃないらしい。


「じゃあ、注文の時に使うタブレット持ってくるね。ちょっと待って」

「はい・・・」

 絵里奈さんがカウンターのほうへ歩いていった。


 右腕を眺める。ごてごてした金色の腕輪をつけられていた。

 勇者の証として、国王からいただいた物という設定らしい。

 魔力のない腕輪なんて戦闘の邪魔になるだけだし、すぐにでも外したいんだけどね。


「私、ちゃんとやれるのかしら・・・」

 窓の外を眺める。

 異世界の言葉はわからないことばかりだった。


 カフェの店員もやったこともなかった。

 ずっと魔王討伐のため、ダンジョンを攻略してレベルを上げたり、ギルドのクエストを受けたりして、戦闘しかしてこなかったから。


 まさか、あの史上最強最悪の魔王リカリナとカフェの店員をやることになるなんて。




「異世界ファンタジーカフェ『リトルガーデン』へようこそ。『ここは魔王城近くの休憩所です。エルフ族の癒しを受けて、冒険者様が実力を発揮できますように』」

「はい、いいね」

 魔王城のような石造りのカフェで、エルフ族の恰好をした子や悪魔のような恰好をした子たちが接客の練習をしている。


 明日の『リトルガーデン』のオープンに向けて、最終調整中だ。私もまだわからないことが多いけど、勇者として恥じないよう頑張らなきゃ。



 女神の加護の一つである、啓示もだいぶ混乱していたけど、この世界のことが少しずつわかってきた。


 まず、この世界には魔法がない。

 エルフ族も、悪魔も、剣士も、魔導士もみんな、魔法を使えない。

 あの衣装も顔も、仮の姿だったのは衝撃的だった。

 外に出るときは、戦闘用じゃない服を着ていた。(一番びっくりした)


 代わりに科学技術が発達しているらしく、スマホやタブレットで離れている人ともコミュニケーションが取れる・・・まぁ、魔法の代理って感じだと思っていた。


 覚えなきゃいけないことは、たくさんある。


「悪魔はあんなんじゃないのだぞ。もっと、ごついのだ。灰色の鱗を持って、瞼は腫れていたのだぞ」

 魔王リカリナが近づいてきた。


「魔王リカリナはちゃんと、準備できてるの?」

「ふん、私は魔王だからな。料理の仕上げの時のみ現れるのだ」

「・・・配膳はこぼすし、メニューは覚えられないし、卓番も間違えるし、とりあえずそこしかなかったんでしょ?」

「水は運べるのだぞ」

 自慢げに言う。


「魔法使っちゃダメだからね」

「わかってる。料理の時、ちょーっとだけ使うだけだぞ。それにしても魔法が無いのは不便だ」

「そうね」 

 魔王リカリナは今まで魔法ですべてを解決してきたし、周りは魔族ばかりだったから、まだ、この世界に馴染めていない。ふとした瞬間、魔法を使ってしまう。


 私も、なんだけどね。

 配膳も私たちの世界では、魔法でやっていたから、歩いていくというのは、変な感覚だった。


「うー、おもいっきり魔法を使いたくてうずうずするな」

「駄目よ。この世界で魔法は使っちゃダメって、女神の啓示があったんだから」

「フン。女神ごときが偉そうに・・・」

 魔王リカリナが眉間にしわを寄せる。


 史上最強最悪の魔王リカリナが、この状況でも魔法をぶっ放さないのは・・・。



 カラン カラン


「おー、本当に異世界に来たみたいだ。広々した店内、異世界の店員。人気コスプレイヤーにも劣らないくらいの、クオリティだよ」

「秋葉原の一等地で、これだけの規模のコンセプトカフェ。秋葉原ごと変わるかもしれない、なんてお偉いさんは話してましたね」

「そうそう。開発側としてもやる気が出ますね」

 私たちのVtuberアバターを作ってくれた(この意味はまだ分かってないけど)、窪塚さん、柊さん、花京院さんだ。


 3人とも男だ。

 彼らがいるから、魔王リカリナはおとなしい。


「あ、彼女たちが噂の魔王勇者コンビですよ。本当にゲームの中から飛び出してきたみたいですよね?」

「本当だ。美女すぎてアバターにしか見えませんね」


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「ん? どうしたのかな? 体調悪い?」

 魔王リカリナが何か言えと、袖を引っ張ってくる。


 私だって男の人に慣れたわけじゃない。

 だって、男という存在に出会ってから、まだ3日しか経っていないから、どうやって会話すればいいのかも・・・・。


「勇者ティナちゃん、魔王リカリナちゃんも、ちょうどよかった。今から注文の受け方を説明しようと思ってたの。2人ともカフェバイト初めてだもんね」

 絵里奈さんが隣に並んだ。


「アバターの開発チームの皆さんも来てたんですね」

「はい。オープン前に見ておきたくて。絵里奈さん、エルフ族の恰好ぴったりですね」

「ふふ、ありがとうございます。このウィグも自分でアレンジしたんです。エルフ族チームも気合入ってますよ。他の2店舗には負けませんから」

「いいですね。さすが、魔王場近くの休憩所です」

 男と女が自然と話してる・・・。


 そうよね。

 性別が違っても、種族が違うわけじゃないから、普通にコミュニケーション取れるに決まってる。

 私がドラゴンと話すのとは全然違う。


「あ・・・あの・・・・私・・・魔王・・・です」

 魔王リカリナがぼそぼそ声を上げる。

 緊張のあまり抑えきれないのか、魔力をくすぶらせて、私の後ろに隠れた。


 もう、あれほど、魔法は使わないでって言ってるのに。


「聞いてますよ。史上最強の魔王リカリナと、女神の加護を受けた勇者リカリナなんですよね。可愛いな、こんな子がいる異世界なら行ってみたいですよ」

「・・・・・・・・・」


 ぼうっ


「!」

 魔王リカリナが、魔法で少し浮き上がって、降りた。

 足で魔力を押さえたらしい。


 花京院さんは魔王リカリナ曰く、オークと同じ匂いがして、ものすごく好みらしい。

 目も少し、オークに似てるのだという。


 でも、朝は窪塚さんが一番かっこいいって言ってたから、まともに受け止めてはいないけど。


「ごめんごめん。雑談になっちゃった。じゃあ、注文の取り方と、タブレットの説明を・・・」 

「リカリナ!」

「彩夏、どうした?」

 彩夏が白銀の髪をなびかせて駆け寄ってくる。


 彩夏は、集団面接のときは踊り子だったのに、エルフ族のほうが合ってると言われて、エルフ族の恰好をしていた。

 エルフ族というよりは、人魚にいそうな容姿だ。


「料理のデモで、リカリナを連れてきたって言われたんだ・・・リカリナ、今いい?」

「いいぞ。任せろ」

 魔王リカリナがツインテールを後ろにやる。


 2人がキッチンのほうへ歩いていった。


 魔王城の休憩所に魔王がいること自体、どう考えてもあり得ないことなのよね。

 マミとユイが見たら、崩れ落ちるわ。


「美味しそうな匂いだぞ」

「熟成させた肉をパイ生地で包んで、焼いたものなの。看板メニューにするつもり」

「ほぉ」

 一応、このカフェの主役は私と魔王リカリナらしい。

 魔王リカリナは、火を使うメニューの時に呼ばれることになっている。


「では、やるぞ」

「うん、お願い」

「『魔王リカリナだ。この料理を食すものを、火刑に処す』」


 ボウン


「おぉ!!!!!」

「わぁ!!!!」

 キッチンのほうで歓声と拍手が沸き起こっていた。


「すごいのね。あんなパフォーマンスできる子そうそういないわ。火なんて、みんな怖いもの」

「えっと・・・そ、そうかしら」

 私は割と、平気だった。

 燃え盛る炎の祠から、宝玉を取ってくるクエストとかあったし。


「魔王リカリナって、本格的だな。キッチンで働いてたとか?」

「それが、初めてみたいなの。本当、異世界から来たみたい」

「ははは、そう思い込むのもいいですね」

「・・・・・・・・・」

 私たち、本当に異世界から来たんだけどね。


 魔王リカリナが微かに風と炎の魔法を使って、火を盛り上げて鎮火させていた。

 どう見ても、魔法を使っているのに。

 この世界の人たちは、魔力というものを感じないらしい。



「きっと、この火を使うメニューは人気が出るわね」

 絵里奈がタブレットの電源をつけたまま、キッチンのほうを眺めていた。


「そうですね」

 腕輪をくるっと回す。

 魔王リカリナばっかり。

 私だってその気になれば同じ魔法を使えるんだけどね。

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