第8話 第五の依頼
ミリッツの依頼を終えてから約二週間が経過した。エニシには、しばらく仕事が入ってこなかった。
「ちょっと暇になったなぁ……」
「それに比べて、エニグル工業会社のほうの剣はかなり売れてるらしいね。初月で四十四本も売れたみたい」
「無銘剣ウィスパーケム……。まさか自分のアイディアで自分の首を締めるとは思わなかった……」
商品名「無銘剣ウィスパーケム」は、かなり好調に売上を伸ばしたようだ。
ちなみにウィスパーケムとは、ラテン語の警句である「|Si vis pacem, para bellum《汝平和を欲さば、戦への備えをせよ》」の前の部分から取ったものである。なお後ろの部分は、弾丸であるパラベラム弾の名称で有名だ。
廉価品である無銘剣ウィスパーケムは、エニシが打った剣の六割程度の値段で買うことができる。しかも切れ味もそこそこある。
そのためわざわざエニシの方に依頼しなくても、切れ味据え置きで安価な剣が手に入るなら、そちらを買うのが人の常だ。
「けど、おかげで特許の使用料だけで生活していけそうじゃない」
「それはそうだけど……」
エニグル工業会社が特許の技術を使用する使用料に加え、売上の一割ほどを企画立案者であるエニシに受け渡すという契約によって、別に剣を打たなくても生活できるほどにはお金が入ってきているのだ。
「でもさぁ、何か造ってないと腕が訛りそうなんだよね……」
「それだったら、展示用の剣でも打てば? 一応時間もあるんだし」
そうニーフィアが提案するが、エニシはあからさまに嫌な顔をする。
展示用、つまり美術品としての刀剣を打つのは、前世で散々やった。だから今は、戦闘用の刀剣を打ちたいのである。
そんな時、店の扉が開く。
「いらっしゃいませー!」
「あのー、エニシさんっています?」
「あ、自分ですか?」
「ちょっとお願いがあるんですが……」
こうして相談窓口に、一人の少女がやってきた。
「本日はどのような剣をご所望で?」
エニシが要望書を広げて聞く。
「その、持ち運びに便利な、剣身が伸縮するような剣が欲しいんです」
「伸縮する剣……」
エニシは要望書の希望欄に書き込んでいく。
「伸縮するとは言っても種類は様々ですが、どのようなものがいいかイメージはありますか? なんとなくでも構いません」
「こう、今までにない斬新なものがいいです」
「斬新なもの……」
そう言われて、エニシは固まってしまった。
かっこよさそうな剣が欲しいという目的が先行して、具体的な内容がない。初めてオーダーメイド品を注文する人にありがちな、性能度外視の無茶な依頼である。
「もっと……、こう、ありません? 伸縮に限らない方法とか……」
「でも、伸びたり縮んだりしたほうがカッコいいじゃないですか」
「まぁ……、否定はしませんけど……」
もうちょっと想像力を膨らましてほしいと願うエニシ。それでも、依頼者の願いを可能な限り叶えようとする。
例えば、警棒はどうだろう。一振りすれば、長さが二、三倍にもなる。その要領で、剣を伸ばすというものが考えられるだろう。
その時、エニシは思った。別に剣身は必ず金属である必要はないのでは、と。
つまり、某SF映画の金字塔に登場する光の剣なんかはどうだろう。自在に剣身を伸縮させられ、エネルギー出力を変えれば鉄さえ斬ることができる。
問題は、どうやって作るかにある。光、もしくは熱を使うことになるから、魔法の力を使わざるを得ない。しかし、今は専門家がいる。
エニシは決めた。
「分かりました。あなたの考えている剣とは少し違うと思いますが、伸縮する剣を造ってみましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
そういって彼女は、前金の百ロンスを払い、帰っていった。
「……それで? 本当に造れるの?」
一緒に接客していたニーフィアが聞く。
「まぁ、考えがあるだけで、実際に造ってみないと分からない所が多いかな」
そういって店の二階に上がる。
そこには、若干暇を持て余しているイリスの姿があった。
「イリスさん、少しご相談が」
「私に相談ー?」
そういって、今回の依頼の内容を伝える。
「……その伸縮する機構を、魔法で構築してくれってことー?」
「半分正解って所です」
「本当の正解はぁ?」
「光の剣を造ります」
それを聞いたイリスは、ポカンとする。
「……それって私の仕事?」
「熱の制御を、魔法でするってことです。お願い出来ませんか?」
「……もうちょっと要件を定義してもらっていいかしらぁ。シンプルで構わないわよぉ」
「分かりました。すぐに準備します」
そういって、エニシは自分の机に向かう。そのまま光の剣の要件を書き出していく。
剣の見た目は、グリップしかないような状態だ。柄は小さくついているが、鍔迫り合いをするわけではないので、目立たない程度にする。
そのグリップに、直線上で動くスライド式のセレクタスイッチを配置する。これで、剣身の長さを調整できるだろう。さらに、柄もセレクタスイッチにして、剣身の出力を調整できるようにする。
これを、長さ二十五センチメートルに収められるように設計する。どうせ魔法で制御しようとした時に仕様変更が入るのだから、この辺はかなり適当だ。
こうして大体のイメージは出力できた。
早速これをイリスに渡す。
「……なるほどねぇ、なんとなく分かったわぁ。要するに、猛烈な熱を持った光を棒状に伸び縮みさせるってことねー?」
「そんな感じです」
「実際に作りながら調整していくから、大まかな外形が決まったら実物を作っていくわよぉ」
「分かりました」
こうして開発が始まる。
イリスは、紙に何か文字列を書いていく。遠目から見れば、一種のフローチャートのように見えるだろう。
イリスがその作業をしている間、エニシは要件に書いた剣――というよりかはグリップを、木材で作っていく。鋼材とは違った感触を感じるが、そこは器用に作製していく。
一日作業して、大まかな形ができた。これをイリスのところに持っていく。
「へぇ……。ここと、ここがスイッチになってる訳ねぇ」
「上手く作れそうですか?」
「作れそうか否かじゃなくて、必ず作る。そうじゃなきゃ、依頼者が喜んでくれる物は作れないわぁ」
「……そうですね。その通りだと思います」
エニシは同意する。依頼者の思いを無駄にしない。それが職人に課された仕事だと思ったからだ。
「ところで、後学のためにお聞きしたいんですが、今はどんな作業をしているんですか?」
「そうねぇ……。分かりやすく言えば、スイッチングの具合によって、各種のパラメータを調整する仕組みを呪文で書いてる感じかなぁ」
「見た感じ、フローチャートにも見えるんですが」
「それに似てるわ。しかしあなた、よくそんなことも知ってるわねぇ。どこかで魔法工学でも習った?」
「いやぁ、専門書を流し読みしただけですよ……」
嘘である。前世の記憶から引っ張り出してきた知識で推測しているだけだ。
エニシからしてみれば、フローチャートというよりかはプログラミングのように見える。そうなると、魔術はプログラムの一種で、魔術師はプログラマーになるだろう。いや、魔術全般のことをしているから、どちらかと言えば幅広く手を出している電気電子技術士か。
そんな魔術の書き込みを見て、エニシは一つ気付いたことがある。
「これ、もしかして魔法陣ですか?」
「そうだねぇ」
そこにあった魔法陣は、円ではなく正方形であった。
「これが……? 円形じゃないんですか?」
「あー、魔法陣って滅多に見れるものじゃないから、そういう認識にもなるよねー。最近の魔法陣って円形だけじゃなくて、四角だったり、多角形だったりするんだよー。場合によって使い分けてる感じだねぇ」
「へぇ……。確かに魔法を使う図形なら、全部魔法陣って考えになるのか……」
エニシの中にあった固定概念の一つが崩れた音がする。
イリスは作業に戻る。
「とりあえず、スライドするスイッチで光の長さを変えられるようにして、柄を回すタイプのスイッチにすると……、こうなるのかなぁ?」
そんなことをブツブツと言いながら、イリスは魔法陣の呪文を書いていく。傍から見た感じでは、滅多に外に出ないプログラマーのように見えるだろう。
イリスが設計室で呪文を書き続けること約一日。どうも呪文が完成したらしい。
「ふぅ。じゃあ次はこれをテストするねぇ」
「ん? 完成したんじゃないんですか?」
「さすがに新規に書いた呪文を、いきなり本番環境で動かすわけにはいかないからねぇ」
そういって木材で作った参考用の剣に、魔法陣を書いた紙を雑に貼り付ける。いや、貼り付けるというよりか、手で握っているような感じだ。
「万が一のこともあるから、テストは私がするねぇ。エニシ君はもしものことがあったときの非常要員ね」
「あっはい」
そういってイリスがスライドのスイッチを入れる。
すると、柄から炎にも似た光が現れる。それはまさに、SFで見た光の剣である。
「それ熱くないんですか?」
「まぁ、そこそこ熱いわねぇ。なんだって太陽の力を具現化しているような物だからねぇ」
「え、本当に太陽の仕組みを使っているんですか?」
「仕組みは使ってないわよー。太陽という力を呼び出しているだけに過ぎないわぁ。魔法工学とは言っても、まだまだ曖昧な信仰心を使っているに過ぎないわねぇ」
つまり、太陽が輝く仕組みである核融合を使っているわけではないようだ。
「でも太陽の仕組みってなにー?」
「あ、いやなんでもないです……」
この世界の人間に核融合はまだ早すぎるだろう。
エリスは少々疑問に思いながらもテストを続ける。
剣身の長さを調整するために、伸縮スイッチを上に上げる。それに合わせるように、剣身が伸びる。しかしその長さは、約百五十センチメートル程度にまでなった。
「これはさすがに長すぎますね」
「あっちゃぁ、これは係数が大きかったかぁ。修正しなきゃ。エニシ君、メモしておいてー」
そう言われて、エニシは手頃な裏紙にメモを書く。
「長さが長すぎる……と」
「それじゃあ、出力の方を変えて……」
そういって柄のツマミを回転させる。
すると、これも係数が間違っていたのか、猛烈な熱が発せられる。
「ワッ」
「アッツ!」
イリスはすぐに出力を抑える。
「これは失敗だったねぇ。これもメモしておいてー」
「はい。それと、これからは外でテストしましょう……」
「そだねー」
こうして呪文を訂正する作業が入る。
訂正作業をしている間に、エニシは実際の剣を作ることにした。
今回はスイッチという可動するギミックが含まれている。そのあたりは、既製品を使うことにした。
それ以外は円柱で出来ているため、ちょっと硬い鋼材で鋳造する。
こうやってグリップは完成した。
一方で、魔法陣の方も完成したようだ。
「それじゃあ、グリップ出して」
エニシはグリップを差し出す。イリスは、何か呪文のような言葉を唱える。すると、机に置いてあった魔法陣の紙から、魔法陣そのものが剥がれて浮かび上がる。
「おぉ……」
思いがけない光景を目にしたエニシは声を上げる。
イリスは魔法陣に手を添えると、紙を丸めるような動作をする。それに合わせるように、魔法陣が小さく折りたたまれていく。
手から小さくなった魔法陣が現れ、そのままグリップの底に焼きつく。
「今のは何を……?」
「魔法陣を圧縮して小さくしたのー。そのまま使うと大きくなっちゃうから、こうして小さくするんだよー」
「ジ、zipファイルとexeファイル……」
「ん? なんて?」
「あいや、独り言です……」
「後は魔石を埋め込んで完成ねぇ」
魔石は、イリスが専門店で買ってきた天然の物を柄の先に埋め込んだ。
こうして完成したのが、光線剣流星である。
ついでに、使い方を簡単に記した説明書が付属する。
こうして依頼者である少女に引き渡す。
「こ、これはすごい……」
試し斬りとして、そこらへんにあったスクラップの鋼材を斬ってもらった。厚さ数ミリメートルの鉄板を、ゆっくりだが溶解させて切断することに成功する。
「想像していた以上の出来です! ありがとうございました!」
しかし彼女は、すぐに険しい表情をする。
今回の依頼で、合計金額が七百五十ロンス、日本円にして百五十万円というとんでもない金額になったのだ。
「借金しますから没収しないでくださいぃ!」
泣きついた彼女をなだめながら、ニーフィアと共に最寄りの銀行へ借入に行くのだった。
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