第7話 第四の依頼

 その後、製品化にあたり様々な話し合いを行った。

 今回製品化する刀剣は、いわば量産用の廉価品であるため、エニシが打ったものとは大きく性能が異なる可能性がある。実際、ライン構築のために工業的な作り方で造ってみたら、切れ味や耐久性で劣っていることが判明した。

 しかしこの工程で製造しても、刀剣には致命的な欠点は見つからなかった。量産品ならこんなものだろうという性能を発揮できたのは良い点であろう。

 ただし、量産型刀剣が出回ることで、エニシが打った刀剣が廉価品扱いされる可能性が出てきた。

 そこで、エニシはこれから造る刀剣に銘を打つことにした。量産品にはあえて刻印などは施さず、本家本元と差別化を図る。

 こうして、エニシの刀が生産ラインへと並ぶことになった。

 この間約半年。これでもかなり早いほうである。

「あー、やっと解放されたー……」

「お疲れ様、エニシ」

 関係書類をまとめながら、ニーフィアが言う。

「事務作業ってこんな面倒くさいんだっけ……」

 前世でもいくらか書類作成はしたが、いくら何でも久方ぶりすぎた。

「でも、これでエニシ流の鍛錬方法を模倣した製品が量産されることだし、特許の使用料も発生してお得だね!」

 ニーフィアが笑顔で言う。

「そこまで屈託のない笑顔で言うものじゃないと思うよ……」

「ままま、面倒なことはその辺までにしといて、今日も元気に仕事していくよ」

「へーい」

 そういってニーフィアは店頭へ、エニシは工房へ向かう。

 エニシが本格的にエルド工房で働き始めて一年が経とうとしていた。

 そんなある日。店にとある客が来店する。

「いらっしゃい――」

 仕事もひと段落して、新聞片手に店番をしていたエニシは、その客を見るだろう。

「どうも」

 気さくな挨拶をする冒険者の風貌をした男性。

 エニシはどこかで、その客を見たことがある。ふと視線を新聞に戻すと、一面に大きく掲載されている英雄的存在の冒険者。それと瓜二つである。

 そして察した。本人であると。

「えっ!? まさか英雄のミリッツさん!?」

「いやぁ、分かっていただけてありがたい。その通り。私がS級冒険者のミリッツです」

 エニシの声を聞きつけて、職人やカナル、ニーフィアも店頭に顔を出す。そして少し大騒ぎになった。

 落ち着いたところで、相談窓口で対面するエニシとミリッツ。

「……それで、本日はどのような用件でしょうか?」

「愛用している剣の代わりになるものが欲しくてだな」

「ほう。何か要望はありますか?」

「実は、柄から二又に分かれる剣なんだが……」

「……ん?」

 エニシは聞き間違いだと思った。まさかゲームに登場するような剣を造ってほしいなんて現実的ではないだろう。

「すみません。聞き間違いはいけないので、もう一度言っていただけますか?」

「柄の所から二又に分かれている剣が欲しいんだ」

 エニシは片手でこめかみを抑え、天を仰いだ。

「あの、刀鍛冶がこういうのも申し訳ないんですが、実用性が皆無のように思えるんですが……」

「まぁ、最初はこういう反応をされるよ。造れないものか?」

「うーん……、造れなくはないですが、実物を造ってみないことには分かりません。今ここで明言することは出来ませんね」

 エニシは難色を示す。前世でも多少の無茶な要望に答えてきたつもりではあるが、ここまではっきり言われると逆に怖いものである。

 難しい顔をするエニシに、ミリッツは言葉を続けた。

「申し訳ないが、実はもう一つ要望があってな」

「もう一つ?」

「柄の所に魔石を埋め込む予定なんだ。なので魔法伝導率の高い素材で剣を鍛えてもらいたい」

「……魔法?」

 ミリッツには一度帰ってもらい、エルド工房で話し合いが持たれた。カナル、エニシ、ニーフィア、他の職人たちである。

「……最初の要望は大丈夫だろう。この工房にいる職人なら、誰もが造れるはずだ」

「そうだな」

「ちょっと面倒な工程が増えるだけで、後は大したことはない」

 カナルの主張に、職人たちが答える。

「問題は二つ目の要望だな」

 エニシにとっては聞きなれない「魔法伝導率」という言葉。職人の一人は何か思い出そうとしていた。

「確か、ワシも昔似たような依頼を受けたことがある。だがその時は、依頼者自身が材料を持ってきていた。あの時どんな材料だったのか聞いておけばよかったな」

 悔しがる職人。

「確かに、今の工業には魔法工学という分野がある。俺も参考に専門書を何冊か買っているが、独学じゃ難しい」

 そういって腕を組む。

「正直言って、今のエルド工房の中で完結できるような話じゃないな」

 カナルが結論を出す。

「……そうなると、今回の依頼は断らざるを得ないですよね?」

 エニシがそう聞く。

「そうだな……。そういうことになるな」

 エニシは拳を強く握りしめた。

 前世の記憶がよみがえる。前世では、時代の流れによって刀鍛冶職人の数が激減していた。当然、刀に関わる関係者の数も減っていった。鞘を作る職人、装飾を施す職人、刀身を研磨する職人……。依頼を出そうにも、断られることも数多くあった。

 だからこそエニシは、今世では多くの依頼を受けたいと考えていたのだ。

「どうにかなりませんか……!? 自分は、断りたくないです……!」

 エニシは懇願する。必ず道はどこかにあるはずだ。

「うむ……。そうなると、専門家を呼ぶ必要があるな」

 カナルはエニシのほうを見て言う。

「専門家?」

「そうだ。魔法の技術に長けた専門家、魔術師の力がいる」

 カナルはすぐに、何か古びたノートを取り出して手紙をしたためる。

 手紙を送って数日。返事が返ってきたようだ。

「腕の立つ魔術師が見つかった。今から来てくれるそうだ」

「そんな人いたんですか?」

「実は七、八年前に万物博覧会が開催されてな、その時に魔法工学の専門家と知り合いになってたんだよ。今持ってる魔法工学の専門書も、その人が売ってくれたものでね。今はフリーで活動してるようで、うちの工房に専属で入ってくれるそうだ」

 ひとまず安堵した。専門家がいれば、高度な知識とアドバイスがもらえる。

 とにかく今は、その人が来るのを待つ。

 さらに一週間が過ぎる。ある人がエルド工房を訪れた。

「こんにちはー。カナル・エルドさんに呼ばれた魔術師ですけどぉ」

 大きな荷物を持った少女の姿があった。

「お待ちしてました、イリス・ミャル女史。どうぞ中へ」

 カナルに案内され、応接室に案内される。

 そこでエニシは、彼女と対面した。

「どうもー、魔法工学の専門家、イリス・ミャルです」

 そう挨拶するイリス。しかしその見た目は、エニシやニーフィアより幼く見えるだろう。

「……本当に魔術師の方なんですか? なんか、まだ見習いのように見えますけど……」

「これでも三十は超えてるんですよー」

 イリスのカミングアウト。ニーフィアは驚きで口を手で覆い隠す。

「これも魔法の力なんですかね……?」

「それは、女性の秘密ってヤツねぇ」

 魔性の女というのはこういう人のことを指すのだとエニシは思った。

 紹介もそこそこに、設計室にて今回の依頼の相談をする。

「ふむ……。まぁ比較的簡単に解決できる問題ねぇ」

「本当ですか!?」

「結論から言えば、ほとんどの鉄鋼材料なら魔法伝導率は高いから、問題ないと思うわぁ」

 その言葉に、エニシは少し違和感に似た感覚を覚える。

 それと同時に、純粋な疑問も浮かんでくる。

「そういえば、どういう物質が伝導率高めなんですか?」

「どういう……、ちょっと難しい質問ねー……。例えば純粋な物質に限るなら、金銀銅は高い方って言えるわ」

 純粋な物質ということは、化学的に単体であるという解釈で間違いはないだろう。

 その三種類を聞いたエニシは、ある考えに至る。

「もしかして、導電性や電気抵抗と関係がある……?」

 それならば、ほとんどの鉄鋼材料は導電性があると言えるし、金銀銅は電気抵抗が低いことで知られる。

 もしこの考えが真なら、難しく考える必要はない。

「それなら、銅合金やニッケル合金を使えば魔法伝導性が高くなりますね……」

「おー、その通りだよー。物分かりが早くて助かるわぁ」

 そういってイリスはエニシのことをほめる。他の人はまだよく分かっていないようだ。

 それもそうだろう。この世界、というかこの国では、まだ電気は発明されたばかりの黎明期にある。当然、前世のエニシが持っている電気の知識の一割も知らないはずだ。

 そうなれば、今のエニシがすることは一つ。

「もう一度ミリッツさんを呼びましょう。詳しい使用用途を聞く必要があると思います」

「確かにそれは必要なことだな」

 こうして、ミリッツにもう一度工房に足を運んでもらうことになった。

「こちらから呼び出して申し訳ありません」

「いえいえ。自分に合った剣を作ってもらえるのなら、苦労は惜しまないからな」

「では早速ですが、要望の剣の使用用途を聞かせてもらえませんでしょうか?」

「当然、魔物を狩るためだ。だが、魔物ばかりが相手ではないな。時には対人戦をこなしたりするね」

「つまり、魔物の肉を斬ったり、剣同士で鍔迫り合いをするんですね?」

「えぇ」

 エニシはメモを取る。

「話を聞く分には、立派な剣士のようですが、どうして魔法伝導率の話を?」

「実は、私は魔法戦士として活動しているんだ。戦闘中に魔法を使って攻撃したりする。しかし、剣を持ったままでは魔法を発動するのは非常に効率が悪いんだ。そこで今使っている剣は、魔法伝導率の高い剣と魔石を使用して、剣から直接魔法を発動させているんだ」

「はぁ、なるほど……」

 エニシはそれも合わせてメモを書いていく。

 要するに、剣が杖を兼ねているという状態だろう。

「分かりました。聞きたいことが聞けたので、これから製造に入ります。もうしばらく時間をいただきますが大丈夫ですか?」

「あぁ、問題ない。十分に戦える剣が出来れば、私はそれで満足だ」

 ミリッツが帰った後、エニシは早速作業に入る。

「それでぇ? 今回はどの材料を使うことにしたのー?」

 イリスが聞いてくる。

「そうですね……。強度と伝導率の事を考えれば、ニッケルクロムモリブデン鋼が良いかなと考えてます」

「……なるほど?」

 さすがに合金のことは専門外であり、よく分かっていないようだ。

 それを無視してエニシは材料を仕入れに行く。さすがに希少金属のオンパレードで、かなり費用がかさんだ。

 それらをJISに遵守するように配合していく。

 そして溶解炉に、材料を入れたるつぼを投入。その間に、いつものように剣の型枠を作る。数時間後に溶解した合金を型枠に流し込んだ。

 そして冷えた二又の剣を熱して鍛錬を開始する。二又の剣の外側を向いている面が刃先になるため、ここを中心に叩いていく。

 こうして全体を叩いて成形していき、剣自体は完成した。後は魔石を埋めるためのくぼみを軽く入れ、研磨して完成である。

 ここまでやって、エニシは一つ思った。

「ここ最近、鋳造で造っているような感じするなぁ……」

 こうして完成した。銘は「双頭剣犬鷲」。特徴的な見た目にふさわしい名前だろう。

 早速ミリッツに引き渡す。

「おぉ、まさにこういう剣が欲しかったんだ。良い剣だ……」

 そういって、依頼の剣をマジマジと見る。

 ミリッツはそのまま店を後にした。どうやらこの後は魔法工学の専門店に行き、非常に高度な魔術を構築するようだ。

「今回は色々と大変な依頼だったな」

 そういってカナルがエニシのことを労う。

「本当ですよ……。今後もこういう感じの依頼が増えてくるんですかねぇ……」

「そうだとしても、専門家がいるから大丈夫だ」

「そうだよぉ」

 イリスがこちらを見て言う。

「……まぁ、何とかなりますかね」

 とりあえず、現実を楽観視するエニシであった。

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