第6話 委託

 蛇行剣を造って数週間程経つ。

 ちらほらと店を訪れてはエニシに剣を造ってもらいたいという客が何人かやってきた。

 もちろん、エニシとしてはやぶさかではないので、それらの依頼を受けては製造を繰り返す日々である。

 しかし、何故こうも急に依頼が増えたのか。

 エニシは思い切って客に聞いてみることにした。

「実は冒険者の間で、風の噂みたいになってるんですよ」

「風の噂?」

「はい。エルド工房のエニシというかなり腕の立つ職人がいるって話ですよ。まだ流通している数は少ないですが、品質や性能は折り紙付きって話も上がってましてね」

「はぁ、だからここ最近依頼の数が急増してたんですねぇ」

「もしかしてお忙しかったりしますか?」

「いえいえ。剣を打つのにそんな時間はかかりません。けど……」

 そういって今までの要望書を見る。

「単純に材料の量が多すぎて……」

 他の工房で断られた依頼も多くある。

 一例を上げると、重戦士が使用する大剣を造ってほしいというものがある。単純に物理で殴るだけでなく、振り回した時の運動エネルギーを使用して斬撃の効果を持たせるという要望があったのだ。

 この要望を叶えるために、使用する材料の総重量は二十キログラム超え。とてもじゃないが普通の人間では打つことが出来ない。これを造れる設備のある工場に行っても、一点物であるため断られることもしばしば。

「……とまぁ、こんな感じで、普通じゃない物を造っているのが主な原因ですね」

「なるほど。でも、そういうものでも造ってしまうんですよね?」

「そうなんですよねぇ……。この大剣も、もうすぐで出来上がりそうなんですよ」

「依頼する人は、そういう律儀な所を見て依頼しているのかもしれないですね」

 そういって笑い合う。

 しかし実際、この依頼が増えるというのはなかなかに問題である。依頼品の納入が遅れ、信用に傷がつく恐れもあるからだ。

「さて、どうしたものか……」

 夜。二階の設計室で頭を抱えるエニシ。

「どうしたの、エニシ? そんなに悩んじゃって」

 そういって暖かいココアを差し出すニーフィア。

「あぁ、ありがとう。……いや、最近は依頼の数が多くて大変だなぁって。このまま納期を先延ばしにする事も出来ないし……」

「確かに。半年前と比べたら、名指しで依頼受けることも多くなったよね」

 そういってニーフィアは笑う。

「嬉しい悲鳴ではあるけど、それを理由に信頼を失うわけにもいかない。こういう狭い業界って、何かと信頼で動いているものだからね」

 エニシは出されたココアを飲む。

「お父さんは何かと喜んでたけどなぁ」

「そりゃ店主だから、店の収入が増えるのは嬉しいでしょうよ」

「でもそれ以上に、エニシが活躍しているのが嬉しいみたい」

「……そう言われちゃ、何も言い返せないな」

 ニーフィアの父親でエルド工房の店主のカナルは、幼いころからエニシを見てきた。エニシにしてみれば、いわば第二の父親とも呼ぶべき人だ。

 その人から褒められるのは、なんとも言い難い達成感を感じるのだ。

「で、結局話は戻るけど、俺の打つ剣が欲しいって人が何人も来るんだよね。なんとかして数を揃えたい所だけど、そのためには人手が必要なんだよな……」

 こういった良い商品は、案外口コミで広まったりする。そして良い商品を求めるなら、いくら大金を積んででも手にしたいという人が大勢いるのもまた真実だ。

「うーん、何か量産できる手立てを考えないといけないなぁ……」

 エニシの造るいわゆる日本刀に類する剣は、基本的には量産に向いてない。質の良い材料や設備が揃っていたところで、最後には経験と腕が物をいう。

「もっと効率的にやらないと……。方法はあるにはあるけど、手段がなぁ……」

「うーん……。あっ」

 その時、ニーフィアが何か思い出したようである。

「エニシ、ちょっと待ってて」

 そういってニーフィアは事務室に行く。

 数分後、何か広告紙のような物を持ってきた。

「これとかどうかな?」

 そういって見せてきたのは、とある企業の新工場が稼働するという広告だ。町工場や他の企業向けのようで、何を製造するのかはまだ決まっていないらしい。

「この工場に、エニシの剣を製造してもらうってのはどうかな?」

「工場で量産? それはアリだろうけど……」

 確かに、前世世界でも工業製品としての日本刀はあった。

 それを再現するのは技術的には可能だろう。

 しかし、相手は企業だ。採算の合わない製品を作っても意味はない。

「うーん……。向こうにハッタリでもかけにいくか?」

「エニシの技術は確かな物だから、きっと大丈夫だよ。それに私にだって考えはあるもんね」

「考え?」

 エニシの横で、ニーフィアがムフーッと胸を張る。

「それって情熱があれば負けないとかいう根性論じゃなくて?」

「そうじゃないよ! ちゃんとした考えなんだから」

 そういって別の紙を渡してくる。

「これは?」

「エニシの作り方って、かなり独特でしょ? その製法を守る必要があると思って、前々から調べてたの」

 その紙には、帝国商務省の外局である特許庁の概要が書かれていた。

「ここに知的財産権の保護対象として、エニシの剣の製造方法諸々を登録しちゃえばいいと思うの」

「はぁ……、こんな制度なんてあったのか……」

「この際だから、やっておいたほうがいいんじゃない?」

「……そうだね。その方がいいかも」

 エニシの鍛錬方法は、この文明から見ればかなり異質に見えるだろう。その異質さを逆手に取って知的財産権を主張すれば、少なくとも損をすることはないだろう。

「じゃあ、すぐに書類のほう、書こっか?」

 そういってニーフィアは書類一式を差し出してくる。その量は、少なく見ても紙が十枚ほどあった。

「……なんか嫌な予感がする……」

「とりあえず書類に目通しておいてね」

「あっはい……」

 そのまま夜通し書類に目を通すのであった。

 翌々日には、書類に必要事項を記入し、ニーフィアが届け出を出しに行った。

 それからさらに数日後。特許庁の役人が実際にエニシの元にやってきて、材料や工程のほうを見せてほしいと言ってきた。

 特に拒む必要もないため、エニシは概要をサラッと解説する。役人は説明を聞きながら、何かをメモしているようだった。

 役人が視察に来て数ヶ月。特許庁から郵便が届いていた。内容は当然、今回の知的財産権についてだ。

「……今回の申請について、特許庁は許可を出すことにしました。同封された特許証明書を無くさないようにしてください」

「よかったじゃないか。これでこの技術はお前のものだ」

 そうカナルが言う。

「うちに欠かせない職人になったじゃねぇか。その調子で頑張れよ」

「若いんだからガンガン働いてもらわないとな」

「頼んだぜ、次期店主」

 そういって他の職人が冷やかしにくる。

「次期店主だなんてそんな……」

 エニシは否定する。

「実際そうじゃないか? 最近はお嬢と一緒にいることも増えてきたじゃねぇか」

 お嬢とはニーフィアの事である。

「エニシ。お前の腕は素晴らしいが、まだ娘をやる訳にはいかないかな」

 カナルが笑いながらそんなことを言う。父親のオーラがバンバン出ているのを感じるだろう。正直怖い。

「いやぁ……、ははは……」

 エニシはそういって笑うしかなかった。

 こうして権利を武装して、エニシは目的の企業に向かう。同行者として、ニーフィアとカナルも一緒に来た。

 企業の名前はエニグル工業会社。数十年前に起業し、たちまち同業他社を買収・併合していった、まさに化け物級の会社である。

 そんな会社の最寄りの事務所に、エニシたちはやってきた。

「どうぞ、お座りください」

 向こうの営業担当が応接室に案内する。

「本日はお会いしていただき、ありがとうございます」

 そうエニシが挨拶すると、担当者が遮る。

「あぁ、そういう堅苦しいことはナシにしましてね。早速、案のほうを見せていただきたいのですが」

 そういって企画書を催促する。

 エニシは、なんとなく感じの悪い人だと感じるだろう。しかしそれを口にしてしまっては、今回の交渉が破綻する。

 出かけた言葉を飲み込んで、エニシは企画書を出す。そもそも企画書自体を書くのは初めてである。カナルやニーフィア、他の職人のアドバイスを受けつつ、最良の企画書が出来たと自負している。

 担当者はその企画書を見ると、大きく溜息をついた。

「あー、エニシさんでしたっけ? このような物が使い物になると思っておられます?」

 一気に空気が悪くなった。

「……と、言いますと?」

「剣を我が社で量産したいそうですが、近接武器が売れると思っていらっしゃるのがなんとも残念です」

 そういって机に書類を雑に置く。

「いいですか? これからの時代は鉄砲です。これまでは弓でしたが、鉄砲は全てを打ち砕く火力を持っている。これを数百、数千も揃えれば、戦場は一変するんです。我が社としては、鉄砲を主力に置きたいのですがね」

 その目は、完全に舐め腐っていた。

 エニシはすぐさま反論する。

「鉄砲は軍に供給すれば良いでしょう。自分たちがやってほしいのは、冒険者向けの剣を生産してほしい事なんです。冒険者の数も軍に次いで多いですし、何かと近接戦闘になることはありますからね」

「それもすぐに鉄砲に置き換わるでしょうな。至近距離で戦闘するより、遥かに安全ですから」

 のらりくらりと言葉を躱す担当者。どうすれば、この担当者を納得させられるか?

 エニシは脳をフル回転させ、ある考えにたどり着く。

「では、その鉄砲を見せてもらえませんでしょうか?」

「もちろんです。良いものですよ」

 そういって近くにいた社員に取りに行かせる。数分後、鉄砲を持ってきた。

「これが最近我が社で開発した鉄砲です。銃身を従来より強くしましたので、威力を上げることに成功しました」

 担当者が簡単に実演して見せる。

 全体の構造はマスケット銃と似ている。火皿に火薬を入れ、火打石による着火で射撃するタイプの物だ。

「どうです? 今後我が社ではこれを量産したいと考えてましてね。あいにくですが、剣を製造する余裕はないのですよ」

 ニタニタと笑う担当者。エニシの刀剣を造らせる気はないようだ。

 しかし、エニシにも考えはある。

「その鉄砲、弾丸を前から装填しますよね?」

「えぇ、そうですが?」

「いくら威力が上がったとはいえ、一撃必中というわけでもないでしょう。仮にその鉄砲を持った一人の兵士と、剣を持った一人の冒険者が相対したとき、果たしてどちらのほうが有利であるか。考えたことはありますか?」

「そんなもの、鉄砲を持った兵士に決まっているでしょう」

「そうとも限りません。自分の想像ですが、その鉄砲はまだ命中率が低い。数十もの鉄砲があるならまだしも、たった一丁の鉄砲相手なら、剣のほうがまだ優勢です」

「そ、そんなわけないでしょうが! 鉄砲と剣なら、鉄砲のほうが強い! 実験では剣を折ることだって出来たんですよ!?」

 担当者がキレだした。

「それは鉄砲と剣を固定した上での実験ではありませんか? でなければそれは実戦を再現した実験とは言えません」

「この無礼者……!」

 担当者が机を叩こうと拳を振り上げる。

 その瞬間だった。

「お、早速営業かい?」

 謎の老人が顔を出す。担当者がそちらを見ると、驚いた表情をする。

「しゃ、社長……」

 まさかの社長登場である。思わずエニシたちも背筋を伸ばした。

「まま、そんな緊張せんでいい。君たち、新工場の製造品をアピールしに来たのだろう?」

「え、えぇ、そうです」

「どれ、私にも見せてくれ」

 そういって社長が、エニシの書いた企画書を見る。

 数分ほどじっくり見ると、少し真面目な顔をしていた。

「エニシよ、これで本当にいいと思っているのかね?」

「はい。特に短剣は、官民問わずに需要が高いと考えます」

「……分かった。私の独断だが、エニシの剣を製造しようじゃないか」

 まさかの鶴の一声で、エニシの商品化が決定した。

「しゃ、社長! 我が社はこれから鉄砲の製造が中心になります! いまさら剣を製造した所で……!」

「私もかつて冒険者をしていたことはあるが、確かに剣の需要はある。時代が変わっても、これだけは変わらないだろうさ」

 そういって横に立っている秘書に紙を渡す。

 こうして、エニシの剣の製造は認められることになったのだった。

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