第5話 第三の依頼

 結局あの後、予備と予備の予備、更にそれらが無くなったときの予備として、追加で三本作らされた。

 その分の対価はきっちりと払ってもらったので、商売としては上々だ。

 こうして、また数週間の時間が流れる。

 職人として世に出たのはいいものの、未だ安定した仕事が舞い込んでこないエニシであった。

 最近は店主のカナルの真似をして、新聞を読み漁るようになる。

「最近は物騒な話もチラホラ出てますねぇ……」

「魔物の襲撃、海を挟んで向かいの国同士が戦争……。でもこれは、間接的に俺たちの仕事が必要とされている証拠だ」

 そんなことをカナルが言う。

「と、言いますと?」

「俺たちは武器を作って売って商売をしている。平和や安全のために戦う人々に、戦うための方法を提供しているんだ。立派な仕事という以外に何と呼べばいいんだ?」

「まぁ、確かにそうですね」

「それに、俺たちの仕事は何も攻撃用の武器を造ることばかりじゃない。時には変な依頼を受けることもある。そういうのもあると思って仕事をしてくれたまえ」

 そんな話をしていると、店の扉が開く。

「いらっしゃいませー!」

 ニーフィアが接客に入る。

 すると客は、開口一番変なことを言う。

「あの、手の空いている職人っていますか?」

「……えっ?」

 ちょうど手の空いていたエニシが相談窓口で対応する。

「今回はどのような剣をご所望で……?」

「その、単刀直入に言いますと、蛇行剣が欲しいんです」

「蛇行剣?」

 蛇行剣とは、文字通り刀身が蛇のようにクネクネと曲がっている剣のことだ。日本においては、邪馬台国や古墳時代あたりの三世紀から六世紀に作られたものが多い。

 ほとんどは実戦仕様ではなく、宗教儀式に用いられていたと考えられている。

「……こんなことを鍛冶職人が言うのもなんですが、蛇行剣の実用性はそんなにないかと……」

「あいや、戦うための剣ではないのです」

「と、言いますと?」

「実は自分、二十年前にアニグラ教会から派生した蛇剣教会の幹部をしておりまして。そのシンボルの一つとして剣を購入することが総会にて決まりまして……」

「はぁ。となると、普通に剣身が蛇行している剣が欲しいと?」

「そうなります」

 これまた変な依頼がやってきたものだと考えるエニシ。

 その時、ふと疑問が思い浮かぶ。

「なんで教会の方が、うちのような工房に?」

「それはですね、我が教会に所属する冒険者の間で、エルド工房の剣の品質が良いという風の噂を聞きまして。ならばいくらお金がかかろうとも作っていただきたいと総会で一致したのです」

「なるほど……。要するに聞き覚えのある工房に依頼して、宗教儀式用の剣を造ってもらいたかったと」

「そうなります」

 そういってエニシは要望書に要件を書き込む。

「他に要望はありますか?」

「それがですね、全長百九十センチ以上欲しいんですよ」

「……は?」

 エニシは思わず要望書を書く手を止める。

「い、今なんと?」

「全長は百九十センチ欲しいです」

「ッスー……」

 エニシは天を仰いだ。

 全長が二メートル近い刀など、前世を含めてエニシは打ったことはない。当然だ。芸術品としての刀は標準的には一メートル強。二メートルにもなるのは太刀の部類になる。

 ただし、今回の依頼は実戦向けではないので、そこが救いとも言えるだろう。

「分かりました。本来、試作品は実物大で造るのですが、流石に大きすぎるので二分の一のサイズで造ってみます。その後、問題がないようでしたら本番という手順を取らせていただきます。試作品が完成したら、一度ご来店ください」

「分かりました」

「ではこちらに連絡先のほうを……」

 こうして、エニシの未知なる挑戦が始まった。

 まずは二分の一サイズの蛇行剣を打ってみる。戦うための剣ではないので、どちらかと言えば耐腐食性といった長持ちする金属で打つのがいいだろう。

 それに合った金属と言えば、真っ先に思い浮かぶのはステンレス鋼だろう。特に日本産業規格におけるSUS410は、クロムを十三パーセント添加することで、腐食を大きく防ぐ効果を持つ。

「うーん、専門店にステンレスってなかったような気がするなぁ……」

 シュミットミルグ帝国の技術力ならば、ステンレスを量産することなど容易いことだろうが、無いものは仕方がない。

「それじゃあ、必要な物を買ってきて、炉に突っ込んで溶かして……。ん?」

 その時エニシは気が付いた。

 炉で溶かしたステンレス鋼は液状になっている。それを打つには、板状の固体になっている必要がある。ならば板状の型を用意する必要があるのだが……。

「もしかして、型さえ用意すれば鍛錬する必要なくね?」

 そう、最初から蛇行している枠を用意して、そこに溶けたステンレス鋼を流し込めば、簡単に蛇行剣が完成する。

「いや……。でもただ鋼材を流し込んだだけじゃ、片面は角ばってて、もう片面は表面張力で角が膨れている、不格好な剣が出来上がるだけだな……」

 前世で一般人が鋳造している動画をいくつか視聴した事があるが、どれもこんなように見える。それに、前回鋳造した巨大釘の端も、ぷっくり丸みを帯びていた。

「となると、ある程度蛇行した板を鋳造して、それを叩いたほうが良さそうだな」

 工房の二階にある設計室にて、このようなプランを考えるエニシ。この日は材料と製造手順を紙に書きなぐるだけで終わった。

 翌日から早速行動に移す。まずは材料を購入する。とはいっても、都合の良い材料は存在しないため、まずはステンレスを造る所から始めた。

 前日考えたように、今回造るステンレスはクロムを十三パーセントも添加する。その分購入時の値段は跳ね上がる。

「うげぇ……。材料費だけで二十五ロンスもかかった……」

 しかもこれは、試作品の材料だ。ちゃんとした製品を造るとなると、これの五倍はかかるだろう。

 とにかく、必要な物は購入出来たので、次はこの材料を溶解炉に突っ込む。

「えーと、今回使う鉄鋼は二・五キログラムだから、クロムは三十グラムちょいか」

 計算して添加する金属の量を決めながら、るつぼに材料を入れていく。

 入れ終わったら、温めておいた炉にるつぼを入れ、数時間置く。

 その間に型を作る。まずは木の端材で出来た剣身となる木枠を、砂がたっぷり入った箱に押し込んでいく。この時、木枠は一波長分だけ用意して、それを連続してハンコのように押していく。

 大体の形が決まったら、なかごと剣先の形を整えて、型の完成である。

 この時、るつぼを炉に入れて四時間程経過していた。

「もういいかな?」

 そういって炉の扉を開ける。中にはドロドロに溶けたステンレス鋼があった。

 巨大なるつぼ挟みを使って、慎重に取り出す。そしてそれを傾けて、型へと流し込んだ。

 真っ赤になった液体が、サラサラと流れていく。

 型へ流し込んで、しばらく待つ。全体的に発光する赤色から銀色に変わる辺りで、エニシは型から剣を取り出す。

 まだ熱は持っているが、見た目はかなりいいほうだ。

「よし、これを成形していくか」

 そういってエニシは、分厚い皮の手袋をする。そしてなかごを持って剣身を燃え盛る火に入れた。

 ここからはいつもの作業である。空気を送り込んで火の温度を調整し、具合を見て剣身をハンマーで叩く。ある程度形が整ったら、再び火の中に入れて熱を加える。

 この作業を丸一日行う。

 形が整ったら、今回は水に入れずに、空気で冷やす。このまま水に入れて割ってしまったら、元も子もないからだ。

 半日以上空気に晒して、十分に冷やしたら、後は表面を軽く研磨して完成である。

 それなりに良い剣が出来上がった。

「これを見てもらおう」

 試作品が完成した翌日、客に来店してもらって、剣の様子を見てもらう。

「おぉ、これは素晴らしいですね……」

「お気に召したようで何よりです」

「ですが……」

「が?」

 客は、何か言いたげのようである。

「いやぁ、私一人の権限で採用するわけにはいきませんからね。この試作品を一度持ち帰って、総会で検討させてもらってもよろしいでしょうか?」

「あぁ、それなら問題ありません。試作品の購入となると、前金の一割を払っていただくことになりますが、大丈夫でしょうか?」

「問題ありません」

 そういって、客はその分の金額を払う。

「では、総会で許可が出たら、また来店します」

「分かりました。ただ、結論はなるべく早くお願いします」

「善処します」

 こうして、客は帰っていった。

 一週間後。その客は再び来店し、細かな修正点を持ってきた。

 どうやら後々の装飾で、魔石を飾り付け、魔法を使えるようにするらしい。そのため、柄の部分に魔石を取り付けられるようにして欲しいとのことだ。

 もちろん、そのくらいの事は簡単にできる。

 客の要望通りの剣を打つのが、職人の腕の見せ所だ。

 そして、太刀にも匹敵する巨大な剣を造り、無事に依頼をこなすことが出来たのだった。

「しかし、魔法を付与する剣かぁ」

 完成品を納品し、客が帰っていくのを見て、エニシがボソッと呟く。

「急にどうしたの?」

 その言葉を拾ったニーフィアが聞く。

「剣は単純に斬ったり、突いたりする道具だと思ってたから、こうやって魔法と合わせて使うとか考えたことなかったなぁって思ってさ」

「それもそうだね。でも最近はそういうケースも増えてるみたいよ?」

「ふーん。世の中って広いなぁ」

 そんなことを考えながら、店の中へと戻っていくのであった。

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