第4話 第二の依頼

 前回の冒険者が刀剣を購入してから約二週間が経過した。

 エニシは再び暇を持て余すようになった。

「なんで客が来ないんでしょうかね……」

「そりゃあ、うちは完全受注生産だからね。まず店そのものを知ってもらわなきゃ意味がないんだよ」

 カナルが新聞を広げながら言う。

「もちろん、冒険者ギルドや公共の掲示板には広告を打ってるさ。けど、うちみたいな職人気質の連中ばかりいるような高級店じゃ、簡単には人は来ないものだよ」

「まぁ、確かに……。他の工房じゃ、武器を量産して採算取ってる場所もありますからねぇ……」

 この辺は難しい問題だ。

 昨今のシュミットミルグ帝国では、最新鋭の蒸気機関が開発されたと新聞に書いてあった。すなわち、この後に来るのは産業革命。大量生産大量消費の時代が目前まで迫っているのだ。

 そんな時代が来れば、割を食うのはエルド工房のような零細企業である。職人同士が生き残りをかけて勝負する時代だ。

「なんだか、寂しいような、むなしいような気分ですね」

「ま、そういうときもあるさ」

 そんな話をしていると、店の扉が開く。

「いらっしゃいませー!」

 看板娘のニーフィアが接客に入る。

 入ってきた客は、身なりがかなり軽いように見える。一瞬、楽器を持たない詩人と見間違うほどだ。しかし、背中に長物を持っていることから、かろうじて冒険者であることが伺える。

「本日はどのような物をお探しですか?」

「……ん」

 そういって冒険者は紙をニーフィアに差し出す。

 ニーフィアが紙を受け取ると、少し驚いたような声を出した。

「エニシー! 指名されたみたいだよー!」

「え?」

 思いがけない声に、エニシはびっくりする。近くにいたカナルもびっくりしている。

 相談窓口にエニシが向かう。

「自分のことを指名されたのですが、一体どこで名前を……?」

「ハクビンから名前を聞いた。以前ここで短刀を造ってもらったそうだ」

 エニシの脳裏に、二週間前の冒険者が思い出される。

「あぁ、ご知り合いだったのですね。それで、本日はどのような物をお求めでしょうか?」

「刺突に特化した剣が欲しい」

「し、刺突……?」

 エニシは思わず困惑する。

「あの、それでしたら通常の直剣でもよろしいと思いますが……」

 通常の直剣は、地球で言う西洋剣のこと。斬ることはもちろん、殴る、突くことを前提に量産も可能な剣である。

 しかし、それでは駄目だと彼は言う。

「俺の仕事は主に対人戦だ。そのために、敵の急所を保護しているアーマープレートごと貫くものが良い。ちょうど釘のようなものだ」

「アーマープレート、ですか……」

 思わず横にいたニーフィアと顔を合わせてしまう。

 しかも、自分の仕事は対人戦をはっきり言った。軍人や騎士でないなら、従軍冒険者や裏の稼業をこなすヤバい人になる。

 エニシは相手を刺激しないように、言葉を選びながら話す。

「アーマープレートを貫通できる保障はどこにもないのですが……」

「ハクビンの短刀を使って試した。十分な性能だ」

「あぁー……。そうなんですね……」

 エニシは、造る以外の道を絶たれてしまった。

「検討はしますが……、斬る以外の物を造った経験がないので、ちょっと厳しいものはありますけど……」

「問題ない。今すぐ必要ではないからな。時間と金なら存分に与える」

 そういって、鍵のかかった木箱を取り出す。鍵を箱の鍵穴に差し込んで解錠し、中を見せると、そこにはロンスの束があった。

「六百ロンスある。前金なら十分だろう」

「ろ、六百!?」

 あまりの大金にエニシは驚く。現代日本円で百二十万円に匹敵する。そんなものを簡単な鍵付き木箱で持ち歩くほうが危ない。

「やるか? やらないか?」

 冒険者に詰め寄られる。

「……や、やります! やりますから! 前金は百ロンスです!」

 こうして、刺突に特化した刀剣の製作を行うことになった。いや、なってしまった。

「なかなかの客だったねぇ」

 店主のカナルからニヤニヤ見られる。

「あんなの怖くて普通の対応出来ないでしょう……」

 エニシは頭を抱える。

「うちはどんな客でも大歓迎の店だからな。ああいう客にも対応できるようにしとけよ」

「そうだ! たとえ裏社会の人間だろうと、金さえ払えば客人だ!」

「どんな前科があろうと、合法なら問題なし!」

「それがエルド工房というものだ!」

 カナルに同調するエルド工房の職人たち。誰もが一流の腕を持つ。

「なんでこの工房に入ったんだろ……」

 こうして、エニシは刺突特化の剣を造ることになった。

 まずは材料の選定だ。前の冒険者であるハクビンの短刀を使って、アーマープレートを貫いたと言っていた。

 しかし今回の問題点が一つ。

 剣を注文するにあたっての要望書というものがあるのだが、それによると「突き以外の攻撃は行わない」と書いてある。

 つまり、彼が言った釘のような武器は、まさに釘を大型化させたような物ということになる。

「うーん……。そうなるとなぁ……」

「何か不安な事でもある?」

 うなるエニシのもとに、ニーフィアがやってくる。

「そうなんだよ。この前のと同じように湾曲した剣身でもいいんだけど、それだと力が入りにくいと思うんだよね」

 日本刀は、ある方向から見れば左右非対称である。そのため、突いた時のバランスが取りにくい。当然、その分のロスが発生する。

「となると、どの方向から見ても線対称になるような剣が必要……。つまり、あの冒険者が言ってたように、釘のような剣が必要になるんだよねぇ」

「それはそれでいいと思うけど……」

「簡単に言ってくれるけど、今回は鍛錬する必要がないかもしれない案件だよ? 正直鍛冶職人に無茶言ってるようなもんだよぉ……」

 そういって、机にへたり込む。

「鍛錬しないってどういうこと……?」

「それはね、鋳造するってこと」

「えっ……、鋳造?」

 そういってエニシは、裏紙を使って簡単に説明する。

「今回の要望は巨大な釘を造ってほしいって言ってるわけ。つまり、叩いて平たくするのではなく、円柱の型を作って溶けた鉄を流し込む。これが最適解なんだ」

 それっぽい感じの絵を書いて見せるエニシ。

「まぁ、レイピア造ってるのとあまり変わらないけど。でもこの要望書じゃなぁ……」

 そういって要望書を見る。特記事項には、重量八キログラム以上と書かれていた。

 おそらくあの冒険者は、重量で押し切るつもりなのだろう。

「そうなると、鋳造の技術が必要何だけど、どこかにいい場所ないかなぁ」

 そういって考えていると、エルド工房の職人がやって来る。

「おう、エニシ。鋳造したいのか?」

「え、まぁ」

「それなら俺に任せろ。昔鋳造で飯食ってた時期があったんだ」

「本当ですか!?」

「エニシは器用だからな。すぐにコツを掴めると思うぜ。さ、工場に来な」

「はい!」

 そういってエニシと職人は工場に向かう。

「エニシ、ホント技術ってものが好きね」

 残ったニーフィアが呟いた。

 さて、工場で鋳造の説明を一通り受けたエニシは、設計図やら何やらを書いた紙を持って工場にこもる。

「さてさて、今回は完全な均一素材で出来た合金で造る、と」

 そういって紙に書いてあるのは、前世の記憶を頼りに書きなぐった超硬合金のレシピだ。超硬合金は希少な金属を混ぜることで、文字通りものすごく硬い合金ができるのだ。

 今回はその中でも、日本産業規格に記されているSUP10、バナジウムを添加したクロムバナジウム鋼という鋼材を使用する。

 クロムやバナジウムなどの材料はどうやって準備するのか。

 実は、この世界では前世世界よりも早く元素分析装置が登場している。しかもエックス線に類似した魔法分析だという。これに登場により、この世界では多彩な金属が使用できるようになっているのだ。

 そのためクロムやバナジウムは、専門店で注文すれば早いと在庫分だけ入手することができる。

「えぇと、炭素とクロムとバナジウムをそれぞれ用意して……。今回はこれだけ準備するから、合計で二百五十四グラムか」

 それぞれを計測しながら、分量を確かめるエニシ。そして合金にするため、工房で一番大きい溶解炉に突っ込む。

「あとは溶解温度にして……」

 そして溶解するまで待つ。

 その間に、鋳造の準備をする。

 まずは型、型枠、砂を用意する。大きさや形は、職人と一緒に造ったこともあってすでに準備は出来ていた。

 砂を型枠に入れて、どんどん押し固める。この際、霧吹き程度の水を吹きかけることで、砂が固まりやすくするのを手助けする。

 大体砂を入れ終わったら、今回造る型と鋳物を入れる道を作り、これをさらに砂で固める。

 こうして型の半分を埋め終わったら、型を取り出し、もう半分も同じ要領で固める。

 これが終わり、型枠同士を合わせれば鋳造の準備は完了だ。

 型の準備をしている間に、炉に入れた合金も融解しているのを確認する。

 炉に入れたるつぼを取り出し、慎重に運ぶ。そしてそのまま型の口に流し込む。

 時折溶けた合金の粒が飛び散る。それだけでも危険であることが分かるだろう。

 なんとか合金を入れ終えた。

「ふー、あとは冷えるのを待つか」

 しかし、金属はそう簡単に冷えはしない。誰も触らないように、周辺をロープで囲い、注意書きの札を吊り下げておく。

 こうして、一晩置いておいた。

 翌日、朝一番で様子を見に行くと、十分に冷えているようだ。

「さーてさてさて、中身はっと」

 そういって型枠を外す。すると、その中から直径数センチの金属柱が出てくるだろう。

 バリはついていたものの、研磨すれば問題ない程度のものだ。

「これを焼き戻しして……」

 そういって、溶解した時より低い温度に設定した炉に、金属柱を突っ込む。

 そのまま約一時間程。十分に熱が通ったら、そのまま空気で冷やす。

 これで行程の大半は終了した。

「後はこれを研磨するだけ」

 しかしこれからが大変とも言える。

 そうして数日。再び客の冒険者が来店した。

「無事に完成いたしました。正直お客様のお眼鏡に適うかどうかは……」

「とにかく見せてくれ」

「あ、はい。こちらになります」

 そういって、エニシは出来た剣を見せる。

 いや、剣というよりかはかなり太い鉄筋だ。

 それを持った冒険者は、剣が想定のものであるか見極める。

「……試しに振ってみたい。丸太はあるか?」

「ありますよ。すぐに準備しますね」

 そういってニーフィアが準備に走る。

 店の隣のスペースで、冒険者が剣を振るう。冒険者の腕は細いが、それに見合わない剛腕を持っているようだ。

 そして、ニーフィアが準備した丸太の前に立つ。

 剣を一度引いて、静止。

 次の瞬間、甲高い音と共に、丸太がはじけ飛ぶ。

 すでに剣はいつの間にか突かれていた。

「悪くない」

 冒険者はそう言い残す。

「あ、ありがとうございます」

 冒険者がエニシの前まで来ると、札束を見せてこういった。

「これを後三本頼む」

「……へ?」

 しばらくエニシに休みはなかった。

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