第3話 第一の依頼

 エニシは十五歳になった。

 工房長であり、店主であるカナルの許可もあって、この日から職人として働くことになった。

「ホント、努力しかしてこなかったよね」

 ニーフィアがそんな話をする。

「そりゃあ、この日のためだからなぁ」

 そういって工房の入口で待つ。以前も説明があったと思うが、エルド工房は完全受注生産で製品を造っている。店に飾っている商品はある意味見本でもあるのだ。

 当然エニシも、見本となる剣を飾っている。日本刀の原型である直刀片刃だ。パッと見の外見は西洋剣に似ているため、そこまで違和感はないだろう。

 こうして見本の剣を飾って約一月の時間が流れた。

 他の職人――とはいっても二人だが――は注文が入って製作に入っている。しかしエニシには全く注文が入らないのである。

「これが現実か……」

 エニシは彼方を見るような目をしていた。

「ま、最初はこんなものさ。根気よくいい作品を造るのが職人というもんさ」

 カナルは、最近発行され始めた新聞を読みながらそんなことをいう。

「どうすれば集客出来ますかね……?」

 エニシは、カナルに教えを乞う。

「そうだな……。まずは得意先を作るのがいい。毎回利用してくれるなら、周囲の人に存在を教えて、自然と受注数は増えるもんだ」

「……それってきっかけがないと駄目ですよね?」

「それもそうだ」

 そう言って、カナルはケラケラ笑う。

 ニーフィアは、この店の看板娘として接客に勤しんでいた。

 そんな中で、ボーッと空を眺めるエニシ。前世では、人間国宝として休みのない生活をしていたが、今になってみれば、これだけ暇を持て余すことは珍しいだろう。

 さらに数日。とある冒険者がエルド工房を訪れる。装備品はどれも年季が入っており、歴戦の戦士であることを感じさせるだろう。

 その冒険者が、エニシの直刀をジッと見ていた。エニシはその様子を、工房の入口からそっと見つめる。

 そして冒険者がニーフィアに声をかける。

「この剣の試し斬りをしたいのだが」

「試し斬りですね。少々お待ちください」

 そういって店舗横のちょっとしたスペースにて、試し斬りが行われる。相手は束ねられた麦わらである。場合によっては捨てられた豚足などが使われるようだ。

 そんな中、冒険者は直刀を構え、振りかぶって麦わらを斬る。剣の振り方を見て、エニシは察した。

「西洋剣の斬り方じゃない……」

 どちらかと言えば、引きながらの切断。つまり、本来の日本刀の使い方に似ているのだ。

 ばっさり斬られた麦わらを見て、冒険者は何か思う所があったようだ。

 そのまま相談窓口に来る。この相談窓口では、作ってもらいたい職人に直接相談することができるのだ。

「お前があの剣を作ったのか?」

 冒険者は面をかぶっているため、その表情は分からない。

「えぇ、そうです」

「ならば注文をしたい」

「本当ですか!?」

 エニシにとっては初めての受注である。興奮するのも仕方ないだろう。

「ただ、あのままでは駄目だ」

「と、いいますと?」

「まず剣が長すぎる。自分の使う環境は狭い場所での戦闘だ。故に、長さは五十センチ未満にしてほしい」

「なるほど……」

 そういって、エニシは紙にメモを取る。このくらいの大きさなら、脇差がちょうど良いだろう。

「片刃であるのはいいのだが、あれでは棒で殴っているのと変わらない。まっすぐなら両刃であるほうがいい。だが自分は片刃のほうが性に合っている」

「そうですか。ちなみに何を斬るのかをお伺いしてもよろしいですか?」

「主に魔物だ」

「魔物……。毛が多いですか? 少ないですか?」

「毛はないに等しい」

 毛の有無は、鎧の装着の有無に等しい。毛という鎧があれば、刀の刃など全く通さない。しかし今回は、その心配をする必要はないようだ。

「それなら、ご希望に沿える刀剣があります」

「どのようなものだ?」

「片刃ですが、少し反りのあるものです。切れ味もそこそこあっていいですよ」

「ならば試作品を作ってほしい。もし自分の期待通りの剣でなければ、この話はなかったことにする」

「はいはーい、試作品製作ですね!」

 そういってニーフィアが割って入る。

「試作品を作るなら、前金を払ってもらう必要がありますが、大丈夫でしょうか?」

「問題ない。いくらだ?」

 エニシは簡単に試算する。

「えーと……。材料費と燃料代、工賃がついて、試作品は百五十ロンスになります」

 ロンスは、今いる国――シュミットミルグ帝国で使われている通貨単位だ。現代日本円に換算すると、一ロンスで二千円前後である。つまり、百五十ロンスは現代の価値で三十万円になる。試作品でも安くはないのだ。

「それくらいなら問題ない」

 そういって紙幣を取り出す。ニーフィアは札束を数えて、金額通りあるか確認する。

「はい、百五十ロンスちょうど頂きます!」

「では材料は揃っていますので、すぐに試作に取り掛かります。急ぎはしますが十日ほど時間をいただきます」

「構わない。試作品の状態が避ければ、そのまま買い取る」

「分かりました。早速やってみます」

 そういって、残りの事務作業をニーフィアに任せて、エニシは工房に入る。

 まずは材料だ。たたら製鉄による玉鋼という贅沢なものはない。そのため、ここは科学の力を使う。

 使う材料は酸化鉄とニッケル、クロムだ。

 まず酸化鉄から酸素を除くために大量の石炭で酸素を飛ばした上に、炭素を含ませる。この作業を行うだけで丸一日かかった。

 ここから融解した一部の製鉄に、粉にしたニッケル、クロムを一つまみ振りかける。これで硬い鉄の完成だ。

 この時点で二日を消費する。

「さて、ここからが本番だ」

 そういって、芯になる軟鋼と皮になる硬鋼を、それぞれ柄のついた金属の土台に乗せる。それに濡らした紙を巻き、さらに灰をまぶす。これを火のついた炉に突っ込むのだ。

 そのまま金属同士が接着する温度まで上げ、しばらく様子を見る。しっかりと赤熱したのを確認したら、それを叩いて不純物を取り除いていく。

 そしてさらに伸ばした鉄に切れ目を入れて、折りたたんでいく。これを芯になる軟鋼を五回、皮になる硬鋼を三回ほど行う。こうすることで、何層にも重なった鉄が出来上がる。

「これを一体化させて……」

 皮となる硬鋼の板をU字に曲げ、その中に芯となる軟鋼を差し込む。そしてこれをさらに熱し、一体化させるのだ。

 この後は、刀の姿にするためにまっすぐ伸ばしていく。今回の注文では、脇差程度の長さなので、それほど長いものは要らない。

 そして刀の形を作ったら、炭や泥を水に混ぜた土のようなものを刀身に乗せていく。これによって特有の波紋ができるほか、日本刀の持つ性質を再現することができる。

 これでしっかりと熱を通し、水で一気に冷やす。ここで日本刀特有の反りができるのだ。

「うまくいった……!」

 今回は思い通りになったようだ。

 この刀身を丁寧に砥ぎ、刀身は完成である。

 次の行程は銘を入れる。いわゆる刀に名前を書くのだ。銘には、刀を作った人や、朝廷から貰った名前を書く場合が多いが、エニシは刀の名前をつける事にした。今回は簡単に、日本語で「無名刀吉一」と命名する。

 あとは装飾を施せば完成なのだが、それは専門家に任せることにする。この工房は、あくまで剣を作るのが専門だからだ。

 こうして期限である十日がやってくる。

「試作品は出来たか?」

「こちらになります」

 こうして出来上がった刀を見せる。

 少しばかり反りのある、見本のような脇差があった。

「ふむ……。試し斬りをしても?」

「いいですよ。麦わらでしますか?」

「いや、豚の肉を持ってきた。これで試させてもらう」

 こうして、試し斬りが行われる。なかごに布を巻き、刀を構える。

 そして冒険者は下から斬り上げた。

 吊るされた豚の肉は、その表面がスパッと斬られる。

「……片手で扱える程度の大きさと重さ。切れ味の良さ。十分良いものだ」

「ありがとうございます!」

「これをこのまま貰いたい。いくらになる?」

 冒険者が購入を決めたようだ。そこにまたニーフィアが割って入る。

「ご購入ですね! 今回試作品をそのまま購入ということで、諸々の割引が入ります。詳しくは店内で」

 そういってニーフィアと冒険者は店内に入る。

 その一方で、エニシは感傷に浸っていた。

「やっと、職人になれた気がする……」

「やっぱり嬉しいもんだよな」

 そこにカナルがやってくる。

「誰かにとって必要な物を作り、喜ばれる。それがモノづくりってヤツだな」

 その言葉は、前世でも身に染みるほど理解していた。しかしそれは、美術品としての心構え。こうして本来の用途で使用される物を造ったという高揚感は、なかなか癖になるものであった。

 こうしてエニシの最初の刀剣は、満足のうちに完成したのである。

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