第2話 成長

 それからしばらくの月日が流れた。季節は春。エニシも七歳になる。

 その間、変わらずやっていたことと言えば、魔法の鍛練と、貰った金属の端材で工作することくらいか。

 初等学校では、簡単な魔法の授業もある。授業のほとんどは、日常生活において欠かせない魔法を習うため、専門的なことは行わない。もし習いたいのなら、中等教育からというのが一般的だ。

 それでも、魔法の素質がある者や高度な魔法を習いたいという者に対して、成長を促すようなプログラムもある。その半分は専門書の読み込みではあるが。

 もちろんエニシは、そのプログラムに参加した。家に帰っても特にすることはないからだ。

「魔法はいくつかの種類に分類することが出来ます。今回は、火に関係する魔法を使ってみましょう」

 これが初等学校での魔法の授業。攻撃に使うなどというものではなく、日常生活を少しだけ便利にする魔法であるのが特徴的だ。

 一方で、中等学校以降では複雑な魔法を使う。例えば同じ火の魔法を使うにしても、マッチと工業用のガスバーナーくらい違う。

 そのため、安全管理や倫理の問題が付きまとってくる。とはいっても、地球にいたときよりだいぶ規制は緩いが。

「では、実際に魔法を使って、この針金を切断してみましょう」

 この日は、魔法を集中させて大きな力を得る練習をする。

 かなり神経を使う上に、非常に疲れる作業だ。

 しかし、エニシはいとも簡単に実行してみせる。前世の頃の集中力は今も健在だ。

「エニシ君、すごい上手」

「どうやってるの?」

 周りの子供たちから、尊敬の眼差しを受ける。だが、それで満足しないのがエニシである。

「これだけの火力……。温度にして約六百度くらいか……? このままだと適切な温度管理が出来ない……」

 周りからみたら、よく分からないことを呟いているように見えるだろう。これも全ては新たな刀剣を造るため。

 授業も終わって家に帰れば、研究が待っている。カナルから貰った金属を加熱し、どういった組成で出来ているのかを経験から推察、加工するのだ。

「この鉄鋼は、焼き戻しの作業を経ているな……。西洋の剣は叩いたり突いたりするのが主流だから、その流れを汲んでるのか……」

 また、学校が休みのときはニーフィアの家に入り浸り、カナルの小さな書斎から科学的知見に基づいた専門書や学術書を読み漁る。

「科学と魔法の融合は、既に七百年近くの歴史があるのか……。となれば、何か面白い先行研究があるはず……」

「ねぇ、エニシ? そんな難しい本読んでて面白い?」

「面白いというか、必要なことだから」

「必要なこと?」

「うん。将来のためにね」

「ふーん……」

 ミーティアにはまだ将来のことなど漠然としか思い浮かべないだろう。しかしエニシは、明確な将来を描いている。

 この国で一番の鍛冶職人になる。それがエニシの夢だ。

 こうして数年の時間が過ぎた。エニシは十二歳になっていた。

 この頃になれば、早い人なら定職に就き始める年頃だ。その年の子供の約三割は仕事を始めるという。

 一方で進学を選択する人が多数である。その中にエニシとニーフィアもいた。

「今日から中等学校だね」

「うん。ちゃんと勉強しなくちゃ」

「もー、エニシったらそればっかり。たまには遊んでもいいんじゃない?」

 ニーフィアがそんなことを言うが、エニシの考えは変わらない。

 エニシが中等学校に入ってからは、学校以外の時間をエルド家で過ごすようになった。工房に半ば弟子入りするような形で修行を始めたのである。

 とはいっても、やることは清掃や材料の発注、店舗の店員などといった雑用が中心だ。しばらく工房には入れない状態が続く。

 仕方のないことだろう。一歩間違えれば大事故に繋がりかねない。特に年端も行かない子供が死亡してしまったら信用問題も浮上する。

 しかし、エニシもただ黙って見ているわけではない。これまで貰った端材を使って、非常に小さいナイフを鍛錬したのである。炭素量の少ない軟鋼を芯にして、炭素量が多い硬鋼を外側の皮のように包む、いわば簡単な日本刀の構造を鍛えたのである。炭素量が多い、少ないと言ったが、量としてはコンマ数パーセントという少なさだ。

 試しに、手元にあった不要な紙の上端を持って、ナイフを引きながら滑らせる。すると、全く力を入れていないのにスパッと紙が切れた。上質なナイフである証拠だ。

「よし、いい感じに出来た」

 純粋な科学力による鍛錬は問題なく出来た。

 ならば次は、魔法がある世界ならではの鍛錬の方法を学ぶのだ。

 そのためには、さらに二年の時間を要することになった。

 初等学校に三年通えば、社会で生きる必要最低限の知識を得られる。さらに中等学校に二年通えば、色々なことが出来るようになる。特に魔法分野においては、エニシにとってはとてもタメになる時間であった。

 そうして実際に、エニシは工房に入ることが許された。エニシが十四歳の時である。

 だが実際の工房は、前世の時とそんなに変わらない。扱っている鋼材が少々違うくらいだろう。

 エニシの推察では、使っているエネルギー量が人間の許容量を大幅に超えているためだとしている。熱が持つエネルギーは非常に大きい。そのため、魔法で代用しようものなら、人間なんぞあっという間に死んでしまう。おそらくそういう理由があるからだろう。

 特に一般市民は、冒険者や軍人、魔法使いとは違って、人体に負荷のかかる魔法を使うことはない。そういう事もあって、この世界でも変わりない鍛錬方法を使用しているのだろう。

 そんなことを考えながら、さらに一年が経過する。

 エニシは技術の全てを吸収し、一人前に匹敵する職人となっていた。

「エニシ、お前はもう立派な職人だ。お前なら、安心してこの工房を任せられる」

 カナルからそんなことを言われる。

 こうしてエニシは、工房の設備を使いながら完全受注生産の一点物を製造する職人へとなったのだ。

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