深き闇の請負人

ヘイ

コントラクター

「その願い、聞き届けた」

 

 神様気取りか、正義のヒーロー気取りか。フワリと舞い降りて、願いを叶える男が居ると噂があった。

 

「────あ、なた……は」

 

 掠れ行く意識の中で疑問を紡ぐ。

 

「……そうだな」

 

 彼は自らをこう称する。

 

「コントラクター、って奴だ」

 

 と。

 

「……死んじまったか」

 

 それは請負人の意。

 彼自身の名前ではない。夜闇に解ける様な黒い髪、身を包むのは喪服の様な黒いスーツジャケット。

 

「ちょっと、失礼するぜ」

 

 コントラクターは倒れ込んでいる血だらけの男の額に右手を翳す。

 

「————成る程な」

 

 溜息を吐き出す。

 

「今際の際の願いとあって、誰も聞かなきゃ救われないもんな。今じゃ罪人だって最期にゃ良い飯を食える時代だってのに」

 

 それがただ巻き込まれた様な人間が、無念に死んでいくとあっては釣り合いが合わない。

 

「娘は助けるさ。アンタはゆっくり眠るといい」

 

 罪人がそうであるのなら、無実の人間もそうであるべきだ。コントラクターは必ず平等である事を求めては居ないが、平等であった方がいいだろうとは思うのだ。

 

「…………」

 

 それに。

 

「ま、こっちのが後腐れがない」

 

 コントラクターはゆっくりと歩き始めた。

 

「にしても……」

 

 星空は仄かに暗い世界を照らす。

 立ち並ぶビル群が彼の視界を横切っていく。

 

「クズは増える一方だな」

 

 叩き潰しても増殖する。

 完全には消えない、害虫の様なモノ。残骸からも増えて厄介になっていく。

 

「今回も、さっさと潰してしまおうか」

 

 害虫とは言いながらも、駆除用の餌は存在せず。自滅も期待できない。

 正面から叩き潰す事だけが対処法。それがこの街に巣食う闇。いつまで経っても終わらない。蠱毒に誕生した一つの塊。

 

「──三頭さんず連合」

 

 コントラクターは笑う。

 

「流石にラスボスまでは出てこないか」

 

 武器も危険物も薬物も何もかもを支配する彼らの頭脳が関わってこないとコントラクターが考えたのは、ただこれを三頭連合にとっての些事であるだろうと推測したが故。

 末端の不始末。

 ならば、彼らは見捨てるだろう。

 

「お邪魔しまーす」

 

 ここに居る木端なぞ、意味を為さないのだから。

 

「誰だァ? おい、ここが何処か知ってんのか?」

 

 まず。

 

「おいおい、俺が迷子に見えるか? 成人男性の迷子ってのは笑えないだろ?」

 

 場所も、何も知っていて。

 顔も、何も知っていて。

 そして、武力も権力も知っていて。

 この正面突入はその上で行われている。

 

「さて、と。ちょっと話そうぜ」

 

 骨が砕ける音が響く。

 コントラクターの前に獣の様な悲鳴を上げながら、巨体が倒れ込んだ。

 

「……お、痛かったか? 悪いな、三頭連合の木端さんよ」

「それが、分かって……っ!」

「木端。末端。蟹足野郎。何だって良いさ……お前にこれっぽっちの価値もないってのを表すのはどうでも良い」

 

 出てきた所で彼にはどうとでもできる。

 

「しくじって一般人殺して……さて、どうなるって。どうにもならないのが当たり前、だよな。警察の機能も全然働かないこの街じゃ」

 

 では、現状は何か。

 足と腕の骨を砕かれた、これはコントラクターの言う当たり前には当てはまらない。

 

「でも残念だった。俺が聞き届けた。コントラクターである、俺が」

「お前、が……っ!」

 

 恨み言を絞り出す様に「ヒーローッ、気取りィィ……!」と、男はコントラクターを睨み上げる。

 

「ヒーロー気取り、か。別に『だから何?』で終わるだろ、そんなの」

 

 神を気取ったわけでも、ヒーローを名乗った訳でもない。彼はコントラクター。ただの請負人。

 

「……俺が請け負ったのは女の子を助けるだけ。後はついでだ」

 

 道の途中に居れば邪魔になる。

 立ち塞がったなら、避けて通るか。或いは排除するか。障壁の対処法としてコントラクターは後者を選ぶ人間だ。

 

「路傍の石ころを蹴飛ばす様に。お前が殺した男の様に。俺も邪魔になったから……ついつい足が動いて、お前の頭蓋を踏み潰しちまうんだわな」

 

 殺人に躊躇いがない。

 彼は善人ではない。

 ただ、請け負うだけのともがら

 また一つ、骨の砕ける音が響く。

 

「さて、と。時間かけすぎたか……?」

 

 窓の外に月が見えた。

 ビルの中に柔らかな月光が差し込む。コントラクターは移動を始める。

 階段を上る。

 

「……いや、そうでも無いのか。助けに来ましたよ、お姫様」

 

 眠る姫、立ち塞がる男。

 芸のない。

 代わり映えのしない。

 

「三頭連合、で良いか?」

「木端だがね」

 

 金髪を五分刈りにした長身の男が卑屈な笑みを深めて言う。

 

「下の階に居た私の部下を殺したか。今回はアイツのミスだった……客選びも」

 

 困った奴だったよ。

 そう語る彼には悲嘆の色は見えない。

 

「お前らは人情ってのが薄いんだな」

 

 いつだって見捨てる。

 助けようと迷いもしないだろう。

 

「私もそうだが、脳以外は基本替えが利くんだよ」

 

 コントラクターの言葉を否定するでもなく、自らもそうであると考えるあたりが人間らしくもない。まるで蟻の隊列の一つか、細胞の一部分か。

 

「本当この街は……こんなに闇を肥大化させちゃって、まあ。替えの利かない脳みそは分厚い頭蓋骨の中って訳だ」

「ははは、お前だって人の事は言えないだろう? なあ、コントラクター。この街の生み出した怪物よ」

「…………」

 

 コントラクターは目を細め。

 

「……木端の癖に随分と調べたな」

 

 口元を歪めた。

 

「プロフェッサー甲木かぶき、超人研究、電子制御、細胞医学……色々手を尽くしたらしいな。そして誕生したのがお前と言う訳だ、コントラクター……いや、化学合成獣サイエンス・キメラ

「そりゃあただの噂話だ。あのジジイもなんだかんだと手当たり次第にやっておきながら、辿り着いたのが俺だ」

 

 三頭連合の男、御手洗みたらい泰三やすみはゆったりとした動きで銃を懐から抜き出す。

 マカロフ拳銃。9×18mm口径の弾丸を発射する10cm程度の自動式拳銃。それは明らかに警察の扱う拳銃とは違う。

 

「…………」

 

 コントラクターの目が細められる。

 銃口は定まり、一撃目が発射される。瞬間に爆発的な加速で────、

 

 

 直進。

 

 

 弾丸は貫通する事なくコントラクターの表面で弾ける。

 

「っ!?」

 

 コントラクターと言う存在を調べ上げた際に泰三が見つけた中に、この強靭な皮膚に類する物がある。

 

合金皮膚アロイスキン!」

「違うな」

 

 だが、当のコントラクターによって否定される。

 

「この重さは表面だけじゃない」

 

 コントラクターの拳が泰三の胸部に突き刺さる。凄まじい破壊力、泰三の肋骨が折れた。

 

「ゲ……ハッ……!?」

 

 折れた骨は心臓に突き刺さっている。

 このまま放置しても、この男は死ぬだろう。

 

「一応教えてやる。お前、映画とか見るか?」

「…………はっ、はっ」

 

 答えは帰ってこない。

 必死に息を取り込もうとしているか、或いは痛みから逃れようとしているか判別のつかない男。

 

「未来から来るのはサイボーグが殆どだろ? それが何でか考えた事あるか?」

 

 別に細胞を改造した人間でも、超能力者でも良いだろう。未来ならばその技術も未来だと言う一言で片付く。

 

「それが当たり前に強いからだ」

 

 と言うのがコントラクターの解釈である。

 

「俺の身体は金属であり、中身にはスパコンレベルの演算処理機能が搭載されてる。あとは電磁波から記録を読み取れたり……ま、色々だ」

 

 毒を生成できるとして、金属には響かない。

 オリンピック選手を凌駕する超怪力を持っていたとして、当たり前のように人間としての速度を遥かに超えた速度で鉄の塊に衝突された場合、勝つ事は出来るか。

 それも自動車の様な精密機動ができない訳ではなく、人間並みの細かな動作が可能な怪物に。ハイスペックな頭脳を持って迫るのなら。

 当然のように連打されるならば。

 

「俺は別に種族名とか何だって良いし、人間のつもりだけどな。それに今はコントラクターだが……ジジイは俺の事をマスターピースだとか言ってよ」

 

 俺が名乗りもしねぇ名前を付けた、と。

 

鉄鋼機てっこうき、とな」

 

 倒れ込んだ拍子に泰三が手放したマカロフを持ち上げて、突きつける。

 

「……もちっと新しい武器なら俺の能力をもう少し紹介できたんだけどな」

 

 銃声は鳴る。

 二度目。目覚ましにはなる。眠り姫が目を覚ます。

 

「起きたか、助けに来たぜ……アンタの父君の願いでね」

 

 薬物に溺れた女が。

 これから売られる道程にあった娘が。

 

「……あ……ひ」

 

 救われるかどうかは経過次第。

 銃を一瞥してからコントラクターは投げ捨てる。殺してしまうのも一つの救いではあるだろう。ただ望まれたのは助けて欲しいと言う事だけ。であるのなら、願ったあの男もそんな物を求めていないだろう。

 

 

 

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深き闇の請負人 ヘイ @Hei767

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