幼少期

ピストルや花火の音は

銃弾となりて鼓膜を突き破ってた


大げさだ痛いの痛いの気のせいと

言われて心も痛かったんだ


やり返すこともできない悔しさに

机濡らした小1の冬


手を貸さず考えさせてほしかった

ひとりぼっちは私だったの


弟に意地悪をした罰なのか

それでもちょっと酷いと思う


師の見えぬところでいじめするなんて

酷い卑怯だ 言葉飲み込み


先生に言えどもいじめ止まぬこと

段々悟り諦めていた



 小学校時代はしょっちゅういじめられていた。発達障害のASD(自閉スペクトラム症)の特性で人間関係を構築するのが苦手なのが大きかったと思う。

 小1の時、朝礼が始まる前に翌日の時間割や宿題などの書いてある黒板を書き写しておかなければならなかったルールがあったのだが、ある日クラスの男子に妨害され時間内に書ききれなかった。書ききれなかった場合教室の外の廊下で書かねばならなかった。冬の寒い中だったと思う、私は書き写し終わると教室に入り朝礼の一課の歌を歌いながら涙を流していた。

 先生は気付かなかった。小1の時の担任教師は私がしょっちゅういじめられていたのに言わなければ動いてくれないタイプだった。教師に対しても怒りを感じていた。何より悔しかった。今あの時のクラスメートが現れてこのことを笑いながら話したならばぶん殴ってやろうと思う。

 (ちなみに私も弟に時々意地悪をしてしまっていたのでその罰と言えなくもないが、ここでは触れないことにする)

 小1の時のエピソードでもう1つ印象深いのは、宿題で人権標語をつくることがあった時、母が考えたものをそのまま提出し学校内で入選、表彰されてしまったことである。「ひとりぼっちを見かけたら、さそってあげようともだちだから」

クラスでひとりぼっちなのは私だった。

 

 私には感覚過敏もある。運動会のピストルや花火の音がかなり苦手だった。耳をつんざくような、激しく鋭い音。耳の奥が痛い。怖い。うるさいどころではなかった。耳をしょっちゅう塞いでいたが気付く教師もいなければ親には「大げさだ」と言われ、いじめられることと共に諦めていた。一度転校も経験したが私は見事卒業まで(断続的ではあるものの)いじめられ続けた。

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