第2話 call my name――我が名を呼べ――

 惨劇だった。


「もっと必死に抵抗をしていただかないとこまりますね。邪神の使徒さん」


 白銀に輝く鎧に身を包んだ美形で金髪の髪を腰まで伸ばした騎士の刃が皮膚をなでるたびに、マキの柔肌を切り裂き鮮血が舞う。


「あぐぅぅ」


 苦痛の声がもれる。


「あなたは邪神の使徒。我が偉大なアスロット様の怨敵。故に無様にみっともなく果てる事こそが贖罪なのです」


 理不尽。かってに拉致し、かってに罪人に仕立て上げられ,尊厳も踏みにじられなぶりものの見世物にされる。

 それでも這いつくばりながらも、逃げ惑う、滑稽でもいい。それでも少しでも生きるという意志だけは消えない。


「ज्वालानां तेजः, उष्णभावैः बद्धाः ज्वालाः मम हस्तेषु क्रीडन्तु!」


 歌うような声が聞こえると、魔女のような帽子をかぶり赤髪を縦ロールにした麗人が大きな水晶のついた杖をかざし、


「ファイアボルト」


 最後にそう締めくくると杖の先から炎の玉が放たれマキの右足を焼く。


「邪悪は滅却すべきなのです。ですが、邪神に選ばれたあなたは、世界の苦痛と苦悶を受けることで魂は浄化されるのですわ」


 まさにゴミを見るように魔法使いの少女が冷淡な笑みを浮かべる。

 それでも必死に這いまわりながらも逃げるマキに、ゆっくりと大きな鉄球がついた鎖を振り回す白の神官を身に着けた少女が近づき微笑みかける。


「神は申されています。邪悪は殴殺と」


 そう微笑みかけながら鎖付きの鉄球を振り下ろし左腕を叩き潰す。マキの口からも苦悶の声が漏れるが少女はつまらなさそうにため息を漏らす。


「このままでは簡単に死んで神への祈りとなりません。ですので、『草木の生命力彼のモノに宿り肉体を修復せん。リジェネレーション』」


 短い祈りを唱えると少しだけマキの傷が治り始める。


「これで神に祈れます」


 うっとりとした表情を浮かべると、鉄球で何度も何度もマキは殴打されるが傷がゆっくりと治りそのたびに激痛が走り気絶することすら敵わない。。


「ならば我が美技も添えよう『サウザンドスラッシュ』」


 剣線が走り、マキの体に醜い疵痕を刻みつけ、空中へと吹き飛ばす。


「それじゃ、この日の為に習得した魔法を披露しましょう。『अन्धकाररात्रौ स्फुरन्ति तारा, मम चकाचौंधं शक्तिं प्रयच्छतु। आपदस्य बाहुः शत्रुं आक्रम्य विनाशस्य अग्निं मुक्तं कुरु!

विनाशस्य देव, अस्मान् बलं देहि! अमरः आत्मा, स्वस्य बलं दर्शयतु। वयं प्रलयकारिणः अगाधस्थाः। आपदा बाहु, सर्वं नाशय!』アームド・オブ・カオス!」


 シャルロットの背後に門が現れ開くと、黒い夥しい腕が伸び、マキの手足を掴むと掴まれたところからどす黒く変色し四肢が煤のように脆くなって朽ち果てていく。


「では、そろそろ終わらせてもらいましょう」


 シャルロットに促され、後方に控えていた白と黒の双剣を腰に携えた白のレザーコートを身に着けた青年が前にでた。


「すまないね。君に恨みはないんだ。同じ日本人として同情もするよ。けど、これは仕方のないことなんだ」


 優しい語り口調だが、どこか芝居じみた口調でゆっくりと歩み寄り、ながら腰の剣を引き抜く。


「これは黒の聖剣『シュバルツ・ヴリィッツ』で君の命を奪おう、この私、亥中 迦慧照いなか かえでの英雄譚の最初に君の名前を飾る栄誉を与えるよ」


 自分に酔う様に、見せる着ける様に剣を高くあげる。

 それでも、マキはただ、ひたすらに『死にたくない』と思う。そして、なぜ自分がこのような思いを、死に方をしなければならない。本当に自分が破壊神の使徒なら、望む。この世界の破壊を、この理不尽な世界の破壊を、こんな運命を押し付けたルーラーと11柱の神々の終焉を……


「もう、言葉もでないだろうし、苦しみから解放しよう。これは騎士神の慈悲だと思いたまえ」


 理不尽な善意のような悪意の押し付け。

 悪質なマッチポンプ。

 こんな死に様はいやだという純粋な思い。

 

「さようなら。来世が幸せだといいね」


 剣は無慈悲にも振り下ろされた――


 死にたくない死にたくない死にたくない

    死に      たく

   ない       死に た

  くない死にた    くない死

 にた   くな    い死

 に たく ない    死に   

    たくない    死に  た

  くない       死に  たく

ない          死にたくない


 死を前にしても生きたいという魂のあがき。


『吾、使徒よ――吾、名を紡げ』


 魂に響く力強く、優しさのこもった声。


――だれ――


『我はअराजकतायाः निर्माता』


――混沌を生みしもの――


『यो हन्ति』


――滅びを司るもの――


『मृत्यु』


――死を纏うもの――


『ये वस्तूनि क्षीणतां गच्छन्ति』


――衰退していくもの――


『पराजयेन वर्णिताः वस्तूनि』


――敗北で彩られしもの――


『निराशायाः अगाधं मज्जन्』


――絶望の淵に沈むもの――


『मूर्ख हड़पने वाला』


――愚かな簒奪されしもの――


『जङ्गमयुक्तं सड़्गं च』


――蝕まれ朽ちるもの――


『अर्धं यज्ञस्य』


――生贄の半身――


『पृथिव्याः अधः बद्धः』


――地の底に縛られしもの――


『अनामिका』


――名を奪われしもの――


『吾に新たな名を名付けよ! さすれば吾は顕現する!』


――わたしは命名する! 破壊の神に新たなる名、その名は『フルゥウス』――


 世界は震えた。大地が揺れ天が裂けた。


「な、なんだ。こんなの聞いてないぞ!?」


 迦慧照はよろめき振り上げた剣を落とす。

 轟く雷鳴と地響き――

 それは産声。全ての人々は本能的にそう認識していた。そしてマキを中心に魔法陣が形成される。


「あ、あの魔法陣は!? まさか! あの子、『召喚士』のジョブをもっていたの!?」


 魔術師のシャルロットは魔法陣がなんなのか理解できた。そして、これから起こる出来事も予想できてしまった。

 落雷がマキに落ちると地面に描かれた魔法陣がまるで扉のように開き始め、マキの体を雷光の幕が覆い浮き上がる。。


「まずいわ。全員逃げて! なにかが出てくる」


 人々は本能が恐怖していた。まだ見ぬはずのソレにただ恐怖し、そして落雷を合図に我先に闘技場から逃げ出し始めていた。

 そんな中、マキの心の中では,形なき靄とマキは会話をしていた。


『使徒よ。これは契約だ』


――契約――


『吾はこの世界の過ちを不条理を破壊する。それに力と体を貸してほしい。それを成した暁には、汝を元の世界に戻そう』


――帰れる――


『そうだ。そして、汝の望みを一つ叶えると真名に誓おう』


――うん、貸す。こんな世界、壊して……――


『契約は成った。汝と吾はこれより一蓮托生なり』


 雷の幕が割れる。それは繭から羽化するように六対の翼が広がり漆黒のドレスに金色こんじきに輝く月の明りを川に流し銀の星をちりばめられた長い髪の美少女が姿を現した。


「吾名はフルゥウス。破壊神『フルゥウス』なり」


 そう名乗り静かに地面に降り立つのであった。


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