第2話 さきっちょがふれあうということ

突然だが、みなさんは日常的にキッスを交わす友達がいたことがあるだろうか?


実は調査したデータがあるらしく、男女共に1割程度※(下記参照)なのだそうだ。


そして俺─坂町さかまち 廉雄れお



現在、

された後の状態です。



男女の…顔を近づけて…その先端が…先端が触れ合って…それで…それだけで…



ああああああああぁぁぁ!!!!やばい!!やばい!!理性が!!理性がああああああぁぁっっっっ!!!!


正直「飛ぶ」かと思った。そのような感覚を覚えた。

さっき…他でもない、豊栄とよさかの御尊顔が、俺の至近に迫って…閉じた目に付帯する睫毛に視界を吸い寄せられて…その刹那に俺の、俺の唇が…あぁっっ…


考えただけでも表情が恍惚として思考が回らない。腰は抜けるし身体は動かないしで言うことを聞かない。というか思考もキッスに囚われて他の事が考えられない。


というか、そんなことより気になるのはキッスをしてきた後の豊栄の反応である。その表情には動揺ひとつ無く、ただ少し上機嫌であることが読み取れるほかはただ1つの情報すら分からない。



なぜ豊栄は動じない!?



勿論自ら実行したがゆえ、俺が只今背負ってしまっているような驚きの情こそ無かろうが、それはそれとして友達というのはそこまでのことも平気で営まれる関係なのか!?


いや違う。断じて違う。さっきデータも出したはずだ。一般に考えればそんな筈はない。


そもそも、豊栄は言っていた。

「友達のままだからといってできないことがあるかっていうと、そんなことないよね?」と。その前提があってのキッスである。


とはいえ、それはそれで「普通ならやらないようなこと」をしでかしてしまったわけでもあるのだ。


しかしまたこれが情景となり、行為の特別感を掻き立て助長するようで、どうしてなかなか悪くは感じずむしろ陶酔すらしてしまっている自分もいる。



情けの無いことだ。



惚れた相手から接吻をされ、つい舞い上がってしまうこと。

付き合っているなど、交際関係ならなんということはない。

ただの幸せな話であり、これ以上のことはないだろう。


だが俺と豊栄は友達。その上告白を断られた関係なのだ。

豊栄が「友達の壁」を超えた行いをしてくることに関しては疑問ながらも嬉しさを感じているわけだが、豊栄から振られてしまった俺としてはやはり背徳を覚えることを禁じ得ない。

そしてそこに、自らのあまりに至らぬことを実感する。

ごめんな豊栄…こんな友達で…


そんな感じで自席で自責していた俺を呼ぶのは、聞き慣れた声。


「おーい、坂町」


振り返ったそこにいるのは想い人──ではなかった。


…露骨に嫌な顔をしてしまった気がする。

「…ごめんて。そんな顔すんなって」

「お前なぁ…俺もこんな顔しちゃったのは悪かったけどさ、俺は声真似とかには騙されやすいんだよ。今みたいな時には特に」

「今みたいな時?とよっさんのこと考えてたん?」

「…お黙りなさい」

俺は頬を膨らませた。


我が愛す人の声真似をしやがり仕ったこいつは俺の男友達、新発田しばた 御善おぜん


俺よりも遥かに顔が整っているにも関わらず、色恋沙汰はここ数年全く無いのだという。

自らの中に恋心が無いにしてもそのルックスなら少なからず引く手はあるはずなのだが、どうやらそういう訳でもなく、「恋に恋する」スタンスゆえ自分の恋は二の次のようである。

とはいえ引く手はやはりあるはずなので、「まるでなびかない」が実際のところなのだろう。


羨ましい…

いや実際本人の気持ちを考えると気苦労もあるやもしれないけれど、それでも「好きになってもらえる」ことに憧憬を隠せない。

「やっぱりいいよなぁ…イケメンは」

「本当にね…」


「いやお前のことだよ、何"こちら側"みたいな態度してんだ」

「いやいや…俺はとてもイケメンからは程遠いよ」

「なーに言ってんだ顔面勝ち組いい子ちゃん。そんなこと言ってると俺嫉妬するぞ?拗ねるぞ?めんどくさくなるぞ?」


「知らないよ…てか、坂町はとよっさんに告ったんだよね?結果は?」

「フラれた…いや、フラれたならまだマシだ」

「…?嫌われたとか?」

「嫌われたわけではないけど…友達のままで居ようってことになった」


「うわ、それ…」

「自然消滅の分かりやすい例だろ?

でも豊栄は違うんだな…『自然消滅なんてわたしの辞書にないから』って!言ってきたんよ!!」

「おおっ!?…ん?でも告白は願い下げなんだよね?」


「そうなんだよ、でもさっきキスされた」

「ほうなるほどキス…


キス!?」


「そうだ!されちまったよ俺!」

「キスってあの…スズキ目スズキ亜目キス科で学名がシラギニダエの…!?」

「違う違うそっちじゃない!接吻!接吻のキッス!」

「あぁあぁぁそうだよね!そりゃそうだよね!いやでもキスってちょ…あれじゃん…つまり…さきっちょとさきっちょが…触れ合うってことじゃん!?」

「そうだよ!されちまったよ俺!なんてこったい!」


騒ぎ散らかした俺たちは、背後にいた先生から軽くチョップを食らった。


※35歳以下の男女50名対象。2020年、株式会社CyberOwl調べ。

詳細はhttps://www.atpress.ne.jp/news/210744を参照のこと。

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