自然消滅は辞書にない
とりてつこうや
第1話 これだからチキンは
「好きです!付き合ってください!!」
彼方の大照明も顔を赤く染める頃、帰り道の中で執り行われた一世一代の大告白。きっとこの世の多くの人が経験する、恋愛感情の確認の儀。
だが、どれほどツキが回ってこようと、どれほど
そしてそれが、例え限りなく高い確率だったとしても。
それが、期待値を上回るほどの回数を施行されたとしても。
物事には、失敗が起こり得る。
「ごめんね」
返されたそれは優しくも、しかし確実に我が威勢を怯ませ、無力化を完遂する。まるで麻酔銃でも打ち込むかのように。
まるで3徹明けのサラリーマンの睡眠のように。
嗚呼、たった一言で人の心はここまでも瓦解するものなのだな。
高校に入って早3ヶ月、俺─
だがここで諦めはしない!
立ち止まってなどいられない!
言うんだ、坂町 廉雄!!
「なら!せめて…せめて!これからも、
友達として…」
人というのはなぜこんなにも弱いのだろうか。あれだけの想いを以てしても、出されたその手は悪あがき。妥協してでもという必死さが俺の戦闘力をさらに弱める。
いや、人というのが弱いのではない。
ただただ単純に俺が弱いのだ。一世一代の決心を容易く打ち砕かれてしまう俺の肝が弱いのだ。
全世界の人類の皆々様方へ。主語をデカくしてごめんなさい。ひとまとめにしてごめんなさい。
良く考えれば、全世界のカップルや夫婦、果ては代々の御先祖様はみな揃いも揃ってこの大峠を乗り越え、そして結ばれているのである。間違ってもそのような方々に対して無礼をはたらくことなど許されるはずもない。
ごめんなさい…これからは俺、もっと真っ当に生きていくよ…母さん…父さん…
しかし、俺の弱々しい提案は意外にもすんなり受け入れられた。
「いいよ、それなら全然」
え?
「…いいのか?」
「うん。これまでだって、そうだったでしょ?」
「そ…そうだけど…」
「これまで問題なく進んでこれたんだから、これからだって変わりはないよ」
「そんな…あっさり…」
「大丈夫だって。あ、私この後用事あるんだった!それじゃあばいばい!また明日!」
豊栄はそう言うと、陽炎が揺らめく一本道をそそくさと駆け抜けて行ってしまった。
「はぁ……」
脈なんて、端から無かったのか。
夏も盛る菜月の初旬、流れる汗は視界をぼやかした。
こうして、我が坂町家のみんなの優しさが滲みたのが昨夜のこと。
さて日付は変わり、落胆も少しは和らいだ本日。
教室に入るなり豊栄がちょこまかとやってきて挨拶をひとつ。
「おはよっ!」
「おう、おはよう!」
あぁかわいい。その笑顔に後光が差すような明るさ、そしてその声から感じる優しさ。
やはり好きだ。俺の誓いに違いは無かった。だがこれからは彼氏と彼女としてもっと好きなことができ──……待てよ?
何が起こっている?
思い出してみよう。昨日俺は他でもなくフラれたのである。「これからよろしく」ではなく「ごめんね」をその耳に付したのである。告白など成功すらしていないのである。
ならなぜ?
…いや、わかった。これは夢なのだな。
つまり、想いが強すぎるが故に引き起こされた幻想ということだ。
なるほど納得。ともなればできるだけこの明晰夢を長く見れることを願おう。
などと思考しているところで、両頬を掴まれる。
「いててててっ!何すんだ!」
「何って、さっきから私のこと聞いてる?」
「いや、ごめん。聞いてなかったわ…」
「全くもう。昨日のこと忘れてるんじゃないでしょうね?」
「そりゃ忘れてないさ、なんてったって俺からだったしな」
「ならよし。まぁそんなわけで、改めてよろしくね」
「おう!勿論だ!」
……ん?
どういうことだ?
「改めてよろしくね」?
あぁ、そうだそうだ。これは夢、俺と豊栄が付き合った夢だ。うむ、何もおかしいことなど……待てよ?
俺さっき、頬をつねられて「痛い」と感じたよな?
これは夢のはずだが…寝床で何が行われてるんだ?誰かが俺を起こすために頬をつねっているということか?
おかしい。やはりおかしい。
「なぁ、豊栄」
「ん?どうしたの?」
「今のこれって、夢だよな?」
「え?」
「いや、だから、これは俺が思い描いてるだけの幻想で、夢ってことなんだろ?」
「違うよ?」
「え?」
「これは現実だよ?」
「はい?」
「だから、現実だって」
「んん???」
「だーかーらー、これは現実!3次元界!ノットバーチャル!」
「ほぇ……?」
訳が分からない。
だってそうだろう。昨日確かに豊栄にフラれた俺は真実。そしてたった今、今まで通り接してくる豊栄も真実。
どう思考しても追いつかない。その2つが繋がらない。
延々と頭に疑問符が浮かぶ俺を、目の前の天使はさらなる困惑へ引きずり込む。
「ほら、わたしは坂町のことは友達として見てるけどさ、坂町はわたしのこと好きなんでしょ?でも昨日最後に、「せめて友達として」って言っちゃったから、ずっと友達で『いなければならない』ってことを自ら提案しちゃったってことじゃん」
「え??」
何を言っているんだろう。友達でいなければならないことを自ら提案してしまった?
「そんな訳がない!」
「本当に?」
「勿論だ!」
「ふーん。でもわたし、坂町のことは友達としては大好きだから、フラれても尚諦めずに追撃してくるくらいまでの勢いだったら告白受け入れてたかもしれないんだよね」
「え」
「でも坂町は「友達として」っていう提案をしてきたじゃん?ってことは「恋人になる線を捨てて、友達になる選択をした」ってことだよね。つまり…」
「これからも友達でいることを享受し、それを提案した…と」
「そういうこと!さっすが坂町!」
いやそうはならんやろ!
「待て!そんな論がまかり通る訳ないだろう!」
「でも実際、そういう提案をしたのは事実だよね?」
「はぁ…??」
なんてこった。みなさん大変です。俺が惚れたのはことごとく理屈でねじ伏せてくる恐ろしい女でした。
しかしそうなると…全てはあの時の妥協が元凶だったということか?
もしそうなのだとしたら…俺はなんという失態を…!!
大事なところで弱気になって…それで…それで……
『なれる』可能性に賭けることができずに、妥協を…!
悔やみが顔に出ていたのか、豊栄は嘲るような表情をこちらに近づけた。
「残念だったね〜。でももう遅いよ。
坂町から提案してきたんだもん」
「そんなこと言ったってなぁ…」
「まぁ、自然消滅なんてわたしの辞書にないから。これからもよろしくね、坂町」
「ぐぅ…!」
離れることも過度に近づくこともできなくなってしまったことに、俺は落胆した。
しかし豊栄は、そんな俺をしばらく見つめたのち、頬を赤らめつつ耳元でこう囁いた。
「でもさ、
別に友達のままだからといってできないことがあるかっていうと、そんなことないよね?」
「ほぇ…?」
なんてこった。みなさん大変です。
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