家族でワイワイ鍋一番!

朝倉亜空

第1話

「ただいま」

 仕事を終え、帰宅すると、玄関にまでぽわーんと美味しそうな良い匂いが漂ってきていた。今夜は鍋だな。

 靴を脱いで和室の居間に入ると、コンロや鍋が座卓の上に用意されている中、妻の洋子とお義母さんがせわしげに肉や野菜、ビールなどを用意していた。いくらかの具材はもう鍋の中に入ってあり、それがグツグツと良い音を立てている。

「あら、あなたお疲れさま」 

 洋子が私に労いの声を掛けてくれた。

「博史さんも帰ってきたことだし、そろそろみんなも呼びましょうかねえ」

 お義母さんはそう言って、階段のところまで歩いていき、二階に向けて大きな声を掛けた。「ちょっとお父さん、光雄、孝ちゃん、ご飯ができたわよ。降りてらっしゃい」

 二階から、名前の呼ばれた三人がどたどたと音を立てながら降りてきた。

「お、鍋だ。美味そうだな」

 そう言いながら、お義父さんは食事をする時のいつもの定位置に胡坐をかいた。テレビが一番見やすい場所だ。

「どぉっこらしょ」

 ほかのふたり、光雄君と小学二年の我が息子、孝志も同じく自分の場所に腰を下ろした。私もいつもの場所に座った。

「ママ、ご飯とお箸、早く早く」

 孝志が言った。

「肉食うぞー。肉にくー」

 光雄君もなんだか嬉しそうに言った。

「お肉ばっかり食べないでね。野菜もちゃんと食べて」

 そう言って、洋子がみんなの分のご飯をよそっていった。

「では、いただくとするか」

 お義父さんのその言葉をきっかけに、みんなが一斉にいただきますの声を上げた。

「鍋にはやっぱりポン酢だね」

 光雄君が具材を取り込んだお椀にトクトクとポン酢を振りかけた。

「光雄兄ちゃん、ポン酢、僕にもちょうだい」

 孝志が言った。

「あいよ」

「ありがとう」

 一つの大きな鍋をみんなが箸でつつき合う。そこに生まれる一体感、仲間意識。家族愛がより強まって形成されていく。

「おい光雄、若いんだから、どんどん食えよ。ははは」

 お義父さんが光雄君に声を掛けた。

「おっと、これは親父様よりのありがたき進言」

 光雄君もお義父さんに言い返した。

「おいおい光雄君、親から子に進言はないだろ」

 私も笑顔で少し口を挟む。

 実は高校三年である光雄君は、自分の今後の進路について悩みがあり、そのことでお義父さんと少し揉めていた。

 あまり勉強が得意ではなく、就職を希望する光雄君と、学費のことは気にせずに大学に行けという、お義父さんとの意見の対立がここ二、三日続いていたのだ。

 ところが同じ鍋を囲んでいる今、そのわだかまりはすっかり消えている。鍋の中に溶けて無くなっている。

「あっ、大っきいお肉見つけちゃった」

 洋子が嬉しそうに箸で摘まんだ肉を見せびらかした。

「ありゃ本当。当たったねぇ」

 お義母さんが言った。この二人も、昨日は卵のセールの日なのに洋子が買いそびれたことで文句の言い合いをしていたのだが、今はまったく仲良さそうにしている。

「あーん、ママ、それ僕にちょうだいちょうだーい」

 孝志が言った。みんな、一体感の中で和気あいあいだ。わたしも大きい肉がないかと鍋に箸を入れた。摘まんだのはエノキダケだった。わたしは菜箸に持ち替えて、皿の上の牛肉スライスを数枚取り、鍋に入れた。

 鍋を囲んでの一体感。しかし、私だけはいくら鍋を箸でつついても、一向にその一体感が感じられなかった。それどころか、箸でつつけばつつくほどむしろ、寂寥感、侘しさがこみ上げて来てしまうのだった。

「博史さん、お肉のお替り、ここに置いておきますね」

 お義母さんがそう言って、私の目の前にポツンと一つだけ置いてある小さな一人用鍋の横に肉スライスを盛った白い皿を置いた。

「あ、すみません、お義母さん」

 私は言った。


 身内以外の他人の箸は汚いらしい。

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