マヨ・ポテトの災難⑤

 ――しばらくの時間が流れ、地上艦「レトリバー」の食堂兼休憩所。


 舷窓から外を覗けば、広々とした黄土色の荒野が見える。夕焼け空に浮かぶすじ雲がゆっくりと流れ、大きな鳥が二、三羽ほど優雅に飛んでいる。


 戦闘を終えたカリオ・ニッケル・リンコの三人は食堂で待機していた。


 ブリッジへと続く通路から、ポロシャツを着た六十歳を超えたぐらいの、初老の男性が入ってくる。頭髪は大半が白髪で、ショートボックスに整えたひげたくわえている。

 クルーから〝オヤジ〟と呼ばれるレトリバーの艦長、カソック・ピストンだ。


「盗賊のねぐらの方に向かった傭兵たちも無事任務を終えたそうだ。お疲れさん、サイトウシティに戻って報酬を貰おう」


 クライアントに成功報告を終えたカソックはそう言って三人をねぎらった。


「よし、一件落着だな」


 仕事の話が一段落ついたとわかると、ニッケルはリモコンでテレビをつけた。音楽番組でジャズバンドが演奏を披露している。


「一件……落……着……?」


 カリオは気の抜けた顔で目の前の光景を眺めている。


 カリオの向かいの席では先程助けた作業メカのパイロット――マヨ・ポテトが一心不乱にチャーハンをかきこんでいる。


「まさかこんな子供だとは……」

「ねえオヤジ~、どうすんのマヨちゃん」


 マヨの隣で椅子にもたれかかるリンコは間延びした口調でカソックに聞く。


「明日、船医に体に異常がないか見てもらう。その後で受け入れ先を探すかウチで預かるかは考える。大丈夫さ、悪いようにはしねぇ」


 なるべくマヨを不安がらせないように、落ち着いた優しい口調でカソックがそういうと、リンコはマヨの顔を覗き込む。


「だってさ。マヨちゃん今晩は私の部屋で寝よっか、空いてるベッドあるし」

「モヒカンのねーちゃんと寝るです!」


 チャーハンをたらふく食べ終えると、マヨは椅子から降りてカリオの方へ向いた。


「丸刈りのおっさん」

「おっさんって歳じゃねえ」


 リンコがカリオの名前をマヨに耳打ちする。


「カリオ、今日はありがとうございましたです!」

「……お、おう」


 笑顔で話すマヨにカリオがそっぽを向いて不器用に返事を返すと、マヨはリンコに連れられて居住区画へと向かっていった。




 カリオは缶ビールを開けると一口、グイっと飲んだ。


「大丈夫かね、アレ」

「まあ、やくネタには間違いねぇだろうなぁ。記憶喪失の状態で荒野の真ん中に捨てられてた子供。大企業か怪しい研究所か、はたまたもっと得体のしれない奴らが絡んでる可能性はあるな」


 ビールを飲んでるカリオの横で、ニッケルがテレビから流れてくるジャズに聴き入りながら答える。


「まあ今ビビってもどうしようもねえか。ヤバくなったらそん時はそん時だ」

「俺達長生きできそうにねえなあ」


 カリオは空になったビール缶を置くと、椅子にもたれかかって天井を見上げる。シーリングファンが回るのをじっと見ていると、だんだんと体の力が抜けていく。


「……おまえひょっとしてガキンチョ苦手なのか?」


 ニッケルがからかうように言う。


「……今日気づいたけどそうかもな、ドッと疲れた」


 天井を見上げたまま、カリオはため息をつく。


「アイツのお陰で二、三度カスりかけた」

「つってもなんだかんだで無傷で大将首取ってんじゃねえか。大したもんだぞ」


 ニッケルは笑いながら、褒めてるのかいじっているのかわかりにくい明るい調子で喋る。


「よかったな、あの子を助けられて」

「……うーん……」

「おまえがいなかったら、あの子は多分死んでた」

「そうかねえ」

「そうさ」


 テレビでは音楽番組は終わり、ニュース番組が始まっていた。ニッケルはテレビの電源を消した。


「ったく、ここに来たばっかの時よりずっとよくなったけどよ、おまえまだまだ表情が硬いんだよ。今日の仕事だって大成功で終われたんだしよ、助けてやれた人が笑ってる時ぐらいは笑ってもいいんだぞ」

「い、いやそう言われてもよ」


 そう言われてもどうしていいのかわからないのか、困り顔になるカリオを見てニッケルはニヤニヤする。


「アイツをウチで預かるのはアリかもな。カリオが困る顔を定期的に見られるのは楽しそうだ」

「オレをからかうためにかよ」


 ふてくされるカリオを見てまたニヤつきながら、ニッケルは部屋に戻るといい立ち上がって食堂を出て行った。




 カリオはそれからしばらく上を見たまま、シーリングファンを眺めていた。


(そんなに普段笑ってねえかな俺……顔固まってるかな……)


 カリオはほっぺに両手を当ててぐりぐりと回してみた。




「子供かあ」


 その単語に釣られてか、カリオは自分の子供時代を思い出す。


 身寄りのない自分に甘い菓子パンを手渡してくれた、武骨な顔のくせして明るく笑う軍人の姿が思い浮かんだ。




「……クソッ、まだあの姿追っかけてるんだな。俺は」






 遠い遠い宇宙の向こう。


 私たちの住む地球よりもっともっと大きな惑星マール。


 大きな大きな大陸テエリク。


 統治者であったケーワコグ共和国は倒れ、その大陸は混沌の大地と化した。


 傭兵・賞金稼ぎ・私設軍隊・企業・マフィア・盗賊・テロリスト――


 様々な人々が様々な思惑の下に来る日も来る日もドンパチドンパチ命を懸けて戦っていた。


 これはそんな世界を駆け抜けるある傭兵たちとある少女の物語である。




(マヨ・ポテトの災難 おわり)

(What is your wish? に続く)




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