02:What is your wish?
What is your wish?①
月の光が明るい涼しい夜。
直線的でシンプルな外観に白い壁の組み合わせが美しい豪邸。高台に位置するそこからは眼下に街を一望できる。
しかし、その中はというと少々散らかっていた。山積みの洗濯物、空になった栄養ドリンクの瓶、テーブルから溢れて落ちた書類。
豪邸の主である女性はリビングのソファに横になって寝ている。ブロンドのウェーブがかったロングヘアは何度か寝返りを打ったためだろうか、多少乱れている。
不用心にも開けっ放しになっていた窓から、ひんやりとした風が入り込んで、彼女の頬をくすぐる。女性は
彼女――ミランダ・ホールは元々、家事の類は上手にこなせる方であった。独身であることもあり、使用人は不要と考えていたが、ある殺人事件の調査を始めてからというもの、すっかり家の事は手つかずになってしまっていた。
「いけない、風邪引いちゃう」
ミランダは窓を閉めると、シャワーをまだ浴びてなかった事に気づいた。すっかり頭と体は寝る態勢に入っており、ひどく億劫に感じる。
重い腰を上げてシャワールームに向かう途中、ミランダはキャビネットの上に飾られた写真を見る。自分と、自分より頭一つ分背の高い、ブロンドヘアーの男性が写った写真。
(アレックス……あなたはどうして欲しい?)
ミランダは少しの間目を閉じ、亡きパートナーに想いを
◇ ◇ ◇
「ハイ、マヨちゃんの分」
ふくよかなエプロン姿の女性がサンドイッチとミルクの乗ったトレーを小さな少女――マヨ・ポテトに渡す。
「マロンナおばさん、ありがとうですよ!」
「おや、もう私の名前覚えてくれたのかい?」
「カリオに教えてもらいました。飯作ってくれる人の事は大事にしろって」
「アイツは私の名前中々覚えられなかったくせに、偉そうな事言うんだねえ」
マロンナと呼ばれたエプロン姿の女性はにっこり笑うと、次の朝食を準備し始める。
地上艦「レトリバー」の朝食の時間。食堂は皿を洗う音、クルー達の話し声、テレビのニュースの音が混ざり合って活気づいていた。
「マヨー! こっちこっち!」
モヒカンヘアーの女性、リンコ・リンゴがマヨに呼びかけ、手招きする。マヨはトレーの上の物をこぼさないように注意しながら呼ばれた席へ向かう。
「おお、ニッケルと、マロンナおばさんの名前覚えられないカリオもおはようですよ」
「ぐっ……おばさんも余計な事言いやがって……」
ショートアフロのニッケルとリンコにからかわれながら、丸刈りのカリオはサンドイッチを頬張る。
マヨ・ポテト発見から二週間、結局彼女はレトリバーで保護することになった。
船医に診せたところ目立った外傷はなく、記憶喪失の原因は特定できなかった。乗っていたソラマメ(作業ロボ)に手がかりはないかと調べてはみたものの、そちらも有力な手掛かりはなかった。
本人に最初に意識が戻った時の状況を聞くと、ソラマメは当時、ロケット状のポッドの中に自分と一緒に入れられていたという。もしそのポッドがソラマメを乗せてどこからか射出されたものならば、そのポッドを調べれば何かわかるかもしれないのだが――マヨがそこを離れて数日移動したため、その位置をすぐには特定できない。
治安のいい街で孤児院などに保護してもらう案もあったが、何らかの理由で強化人間やデザイナーベイビーの類を抱えたコミュニティが、襲撃などのトラブルに巻き込まれる事例は複数報告されている。そう言ったトラブルが発見者に飛び火する可能性もないとは言えない。ほとんど情報がない今、レトリバーにとってもマヨにとっても、手の届く範囲で保護することが最善と判断された。
「護衛の仕事かぁ、なーんにも起こらず終わらないかなぁ」
「内容聞いている感じだと殺し屋がわんさか来そうだが?」
朝食を食べ終えて、テーブルに突っ伏した状態でだらしなく話すリンコに、ニッケルは呆れ顔で返す。
「依頼者は、マンプク社セキグチシティ支部副長のミランダ・ホール。恋人でマンプク社本社従業員のアレックス・マクレイを半年前に亡くしている。当初は事故死と判断されたが、つい最近ミランダが同社専務のゴードン・ソマーズがアレックス殺害を手配したとする証拠を入手。セキグチシティから本社のあるヨシムラシティまで、証拠を所持するミランダを護衛するのが今回の任務……」
頬杖をついたカリオが依頼文の書かれたプリントを見ながらぼーっと要約する。
「酷いことする人がいるもんだねー、そのゴードンって奴を先にやっつけちゃダメなの?」
「専務はヨシムラシティに引きこもりらしいからな、無理に襲撃かまして街一つ敵に回すつもりがあるならお好きにどうぞ」
(What is your wish?②へ続く)
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