五話 -一人-
ツムグからもらったコーヒー豆で、見様見真似であの味を再現しようとする。でもどうもうまくいかない。やっぱり材料とか使うものは同じでも、淹れる人が変わればこんなにも違うものになるのか。改めてコーヒーというのは不思議だ。
結局完成した、なんとなく変な感じになったぼくのコーヒーを啜りながら、ずっと考えている。あの会議から数日。ぼくはお休みがもらえた。このお休みを使ってあの街に行こうと思っていたけれど、それを話すともう仕事は終わっただろと返され、行くことすら許されなくなった。それからはずっと自分の部屋で考え事をしている。
多分、いや、絶対、街を掃除するという決定が覆ることはない。みんなが最初からそのつもりで計画をしていた。なにより龍神様もそうお思いになっている。どうやって池を戻すかという方法は、他に思いつくことはなかった。誰も教えてくれなかったし、聞こうとも思わなかった。もし知っていたなら、変わっていたのだろうか。
またコーヒーを啜る。味気ない、というのはこういうのを言うのだろうか。どうやってもなにも思いつかない。
どうしようもない。頭の中で綴る言葉もなくなってきている。この空白の、余白の、虚無でしかないこの余暇を、つぶすのにちょうどいい言葉も浮かばない。
————はあ。
もう、一回考えるのをやめよう。しばらく眠りについてみよう。そうすれば何か思いつくかもしれない。
そうしてコーヒーに残りがあるのも忘れて、ぼくは瞼を瞑った。ほんの少しだけだから。だからそれまで、何か思いついていてくれ。ぼくの頭。ぼくの機転。
起きてみても思いつくものはなかった。ぼんやりとしながら道端を歩いている。
「おやダンくん。おはよう。いい夢は見れたかい」
年上の方が挨拶する。適当に返して、すぐその場を後にしようとする。誰かと話したい気分ではなかった。
「そうだ、君、随分とあの街が気に入っていたそうじゃないか。どうだい、街を掃除する前に、何回か行ってみたらどうだい。私が上の人たちにかけあってみるよ」
それを聞いて、ぼくは心のもやが晴れ上がっていくのを感じた。
「おお、そんなに嬉しいか。よし、早めに話通しておくからな」
こうして、またツムグの店にいけるようになった。ほんの少ししか時間は空いていないはずなんだけど、すごく数年ぶりという感じがする。何回いけるだろう。毎日行きたい。そうだ、自分だと結局あのコーヒーの味を再現できなかったから、今度こそちゃんと教えてもらおう。
部屋に戻ったぼくはすぐに出かける準備を始めた。
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