第5話 違う誰かになれるなら

 待ち合わせ場所のリエンはKLのブキッ・ビンタンという繁華街エリアにある。

 庶民的なショッピングモールからISETANや高級ブランド店もあり、地元っ子も通う屋台通りに、おしゃれなカフェやバーまで。とにかく華やいでいる。

 朝から晩まで人が行き交うブキッ・ビンタンに建つ高級ホテル、リッツカールトン。リエンはその中にあった。

 タナカの宿泊先は知らないが、ホテルだし。誘われることもあるだろう、気乗りすれば流されてもいいや、駐妻ミナミも退屈してそうだし。そう考えながら、ウエストにトムフォードの香水を吹き付けた。

 ジャスミンルージュ、良い香りだ。

 無意識に一番好きな香りをつけてしまった。ひょっとして私、楽しみにしているのかな。

 トーコは少しでも自分のガイジンぽさを薄めるため、ボブヘアは落ち着いたブラウンにして、肌は少し焼いている。祖父母が沖縄の人なんだよね、で彫りの深さを納得させる作戦(沖縄の人、なんかごめん)。

 好奇心旺盛で、まだ遊び足りないうちに結婚しちゃった若妻を演じなくては。 

 【Yashi】でギラつく駐在男子が好みそうなキャラを。


 思えばずっと、違う人になりたかった。目立ちたくなかった。

 15歳の時。

 美術の先生がモデルになって欲しいと放課後に呼んだのも、絵だと言ったのに彫刻にしたいから背中側でいいからと脱がされたのも。

 真っ白だねとタバコ臭い息が首筋から尾てい骨まで移動したのも。

 目立たなければ、起こらなかったのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る