第6話 義を信ずるは己を信ずる

俺の鼓動は、いつになく速く響いていた。

放火の疑いが、レイルさんとカルードさん…?



人生、無闇に人を疑うのは褒められたものではないだろう。

それが、自らの信用している者であれば尚のこと。


だが人には二面性というものも存在する。

多重人格というものも存在する。

そして、嘘や偽りというものも存在する。


それゆえ、信用している者こそ"そうでなかった"時にそのクレジットが破綻するのもごく当然のこと───。



三丁目のカルードさんの定食屋を火元とする昨夜の大火事。

一番の被害者だろうに、カルードさんは火がつけられぬほど極寒となった鎮火後のセーチェット市街にて「お詫びとして」炊き出しを行っていたほどなので、何をどう考えても彼が放火などするわけがない。したところでメリットもない。


そしてレイルさん。

改めてレイルさんに放火の疑いがかけられている…その事実に震えた。

あのレイルさんが?有り得ない。

有り得るはずもない。

表通りの顔とも言えるカテルの店にあれほどの献身を行ってきた人物が、セーチェットの安寧を脅かすことなどする道理がない。


だが一考。

レイルさんはそもそも何者なのか?


実家が遠い俺にとって既に一種の「かぞく」であるかのように感じていたが、レイルさんに関して未だ知らぬ事柄は多い。

そもそも俺はカテルの店のただの常連であり、のちにカテルと接する機会が増えたために時々店の手伝いをするようになっただけなのである。

故に、元来かような関係になろうなどということは稀有であるに他ならないのだ。


なぜカテルと一回りも歳差をつけているレイルさんがカテルの店を手伝うのか。

レイルさんの博愛足り得るそのさがに偽りはないか。

考えるごとに呼吸が浅くなるようだった。視神経に緊張を感じた。四肢は騒ぎ、先刻からその速さを誇示していた鼓動は治まることを知らない。

培われた信用は求心的・能動的かつ無意識に悪評を排斥し、揺らぎを拒むようになる───いつの日か聞いた心理学を実感する。


自省した。

疑われているのはレイルさん張本人。疑いが真実となれば当然お縄である。レイルさんが放火などはたらく訳もないが、スタプッコに住むレイルさんはセーチェットの住民にとって「外部の者」である。そんなアウェイ環境でレイルさんの是非を問うという現状、レイルさんを信用しないなどということがあってたまるものか。

己の揺らぎに不覚を覚り、深く悔いを覚えたが…今はそれよりも、やることがある。

「疑いを晴らしたら、まずは謝らないとだな…」

俺は店へと引き返した。




「陳列よし、在庫表よし、会計控よし、精算よし…あとはOK?レイルさん」

指差しで仕入れ作業の完了を確認。その問いに視線の先の長身が応える。

「うん、代金ちょうどいただきました。ありがとね」

「まぁまぁ。このお店─商店「カステラ」も仕入れ先なんてレイルさんしかいないし。セーチェットの他の問屋で仕入れるなんて物価高すぎて御免ね」

「はは、そうさなぁ」

微笑んだレイルさんの顔には、いつもと違う何かを感じた。

「…?レイルさん、何か考え事?」

「え?気のせいだと思うけど…

しかし、カテちゃんも毎日お疲れ様だね」

「ううん、わたしがそうしたいからしてるの。言わば…これが趣味、ね」

「どこかで聞いたセリフだね…?」

誰かを薄ら笑うような顔に怪訝とするレイルさん。そんなの「あいつ」しかいないだろう。

わたしは笑いながら肩をべふべふ叩いた。

「どこか、って。そんなの決まってるじゃない!心当たりなんて一人しかいないでしょ!」


が、応答はレイルさんではなく、店の入口の方から聞こえてきた。


「心当たり、あるんですか?」

若い男の声だが、コトスのそれではない。

「…え、どちら様?商店「かすてら」ならあと四半刻で営業開始ってところで…」

「いえ、お店に用はないのです」

構内に立ち入ったところで、男の出で立ちが顕になる。

硬めの防護服を身につけ、凛々しい帽子を頭に載せた、戦闘員のような姿。こんな格好、他でもない。

「警察です。そこの男性の方…レイルさん、放火の疑いが出ています。ご同行を」


耳を疑った。

考えるより先に、身体が動いた。

「レイルさん!どういうこと!?」

「カテちゃん落ち着いて!何かの間違いだよ」

揺さぶられるレイルさんも動揺こそしているが、それが如何なるものに起因するかは今の私には図り得ない。

「落ち着けるわけないでしょう!?警察よ!?」

「カテちゃん、誤解なら解いてくるから。今は待ってて」

「何言ってんの!?レイルさん!!待って!!待ってよ!!」

少女の剣幕などいざ知らず、扉は唸りて光を閉ざす。軋む床のその匂いのみが構内を支配する。

少女は苦臭い蟠りを喉奥にへばりつけ、音なく消沈した。



───表通り三丁目の一角、路地裏。

密か蠢く影がある。

催されるは談合か、気色を見るに企てか。

通行人は身を翻した。音も立てずにその場を去った。

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表通りの一番地 とりてつこうや @Torikou

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