妖怪たちとの夏

笹倉のぞみ

第1話

七月八日の午前二時、私はベットの上に仰向けになってただ目を瞑っていた。

ピコン、暗い部屋に慣れた目にスマホの明かりが染みる。こんな遅い時間に一体誰がメッセージを送ったんだろうと疑問に思いながらスマホのロックを解くと知らない人からのライン。

しかも変なおじさんのスタンプおそらくこれは誤爆なんだろうなと推測して、一言多分ですけど送る相手間違えてますよとだけ送って眠りにつく。

朝6時のアラームで目を覚ました私は枕元にある充電器に繋がれたスマホを乱暴に引き抜きクーラーのリモコンを探した。今日は雨が降っていてジメジメする、梅雨はいったいいつまで続くんだろうか来週末から夏休みも始まるというのに雨ばかりだ。リモコンが漫画の下から出てきたので26度に設定してベットの横のローテーブルに置いた。

少し小腹が空いてきたので朝食でも食べようかなと自室から出てリビングに向かうと玄関にある母親から声が掛かった。

「おはよう立華、お母さんもう行くから1週間後には帰って来れると思う」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「立華もね。私がいないからって家に男を連れ込むんじゃないわよ」

「はーい」

母は普段からよく仕事で家を空ける。今回は1週間と短い期間だが、半年帰ってこなかったときもあるので私は同年代の子達と比べても精神的に自立が早かったように思う。悪いことなのかも知れないけど母親が鬱陶しいという友達が少し羨ましくなる時がある。

リビングはまだ母がつけたであろうクーラーの冷気が残っていて涼しかった。冷蔵庫からギリシャヨーグルトと蜂蜜を取り出してお茶パックから作っている麦茶を注ぎ、席についた。この時期は蒸し暑く食欲が湧きづらいこともありこのギリシャヨーグルトにはお世話になっている。瓶の中の蜂蜜をスプーンで掬ってそのままヨーグルトの中に突っ込んで混ぜた。ヨーグルトに合うものをいろいろ試したけど一番蜂蜜があっている気がする。

ヨーグルトを食べながらスマホをスクロールしているとラインからの通知に気がついた。友達の誰かかなと思いながら開くと思い昨日の夜変なおじさんのスタンプを送ってきた人からラインが来ていた。


間違ってませんよー、立華ちゃんだよね。私、小林沙耶って言うんだけど覚えてない?小学校の時一緒だったんだけど笑


そのメッセージで思い出したこの子は五年間同じクラスだった子だ。6年生の時私が転校してそれきりだったけど結構仲が良かった思い出がある。


覚えてるよ笑小学生の頃よく一緒に遊んだよね急に連絡してくるなんてなんかあった??


そう返信するとすぐに既読がついた。少し間が空いてメッセージが返ってきた。


なんもないけど、この前里奈と偶然あってさ懐かしくなっちゃって立華の連絡先を聞いたんだ


里奈とは共通のこれまた小学生の頃の友人だ。確か電話番号しか教えていないはずなのだが、まあこの世界は不思議な現象が多いのでこれもその一環だろうと私は納得した。

それから私と沙耶は離れていた時間を埋めるように懐かしい話や最近ハマっているアイドルなどいろんなことを話し合った。放課後や登下校の隙間時間を使ってメッセージを交換し合い寝落ち電話もした。小さい頃仲良くしていたからか、私は沙耶の言いたいことがすぐに理解できたしアニメや聞く曲の系統がよく似ていたこともあり、話す内容は事欠かない。夏休みに入っても課題を早々に終わらせた梨花は沙耶にこの日も電話をかけていた。

「ねえ沙耶、昨日のドラマ見た?あの女優なんて名前か知らないけど本当に可愛い」

「見たけどほんとに可愛かった。雨に濡れても可愛いってもう反則だよね」

「そうだよねてかさ夏休み進むの早いよね、ずっと夏休みだったらいいのに」

「確かに、でも暑いのはちょっと嫌だなー」

「えーそうかな、クーラーつけたらいいじゃん」

「いやなんていうかさ、そうじゃなくて、、」

「自然の風に当たりたいとか?」

「そう!クーラーから出る風ってなんか気持ち悪いんだよね〜」

やっぱり沙耶と話すのは楽しい。テンポよく会話が進むし、いつも明るい。

「梨花は八月なにか予定あったりする?」

「今のところはなにもないかな」

「そっか、もし良かったらで良いんだけど会えないかなって」

「私たち会ったの小学生の時が最後だもんね。私も沙耶に久しぶりに会いたいな〜」

「よかった、今日のところはここまでにして明日また話そうね。じゃあまた」

「うん、また明日」

沙耶と話していると早送りみたいに時間が流れていく。カーテンを閉めて照明をつけていたから気づかなかったけどもうすっかり太陽は沈んでいた。今日は母親がいる日なので夕飯を自分で作らなくていいのが楽でいい。課題はもう終わったとはいえ勉強をしないのは罪悪感が湧くので英単語帳をめくっていると母親から呼ばれた。

「立華、ご飯できたから早くおいで」

「はーい」

自室のドアを開けるとスパイスのいい匂いが漂ってくる。今日はカレーかなと予想をつけてリビングのドアを開けると母はもう食べ始めていて早く座るように言われた。

夕食の内容は目玉焼きが乗ったキーマカレーだった。スマホで写真を撮り食べ始める。

「いただきます」

「今日のは美味しいわよ」

母は口角を少しあげ言った。

半熟の黄身を割って熱々のカレーと食べるのがたまらなく美味しい。夏は食欲がなくなりがちの梨花でもこのキーマカレーはスプーンで掬う手が止まらない。カレーをほぼ食べ終えた私はあと数口分を残し、母に八月家を空けると切り出した。

「お母さん私1週間ぐらい家開けるかも」

「どうして?」

「友達に会いに行くから」

「そんな遠くに住んでる友達いた?」

「小林沙耶、小学生の時に仲良くしてた」

「そんな子いたかしら。でも小学生の時の友達なら家が遠いでしょうどうやって行くつもりなの?」

母は家にあまりいないくせにこうやって詮索ばかりしてくる。暇な時だけ母親ぶってくるのだ。

「船で行くつもりだけど」

「最近はアヤカシがよく出るらしいから気をつけるのよ。変な光には近づかないようにね」

「夜は外に出ないから大丈夫だよ」

「それもそうね、貴方も今年で十六だし」

母は納得したのか腕を組んで軽く笑い皿洗いしといてねとだけ言ってリビングから出ていく。梨花は残りの数口分を急いで咀嚼し、食器類を片付けてソファに座りニュースの気象情報を確認し始めた。お天気お姉さんによると一目連のお出かけ情報はなく台風の接近もないらしい。梨花は安心した。

一目連とは一つ目の龍で海難防止や雨乞いの対象として祀られているが、この神が出かけるときには酷い暴風雨になるので遊びどころではなくなってしまうのだ。

続けてニュースを見ていると母が言っていた通りにアヤカシの被害についての話題があった。漁船が三隻ほど被害にあったみたいだ。最近はアヤカシが嫌う周波数を出す機械を船に取り付けるのが主流になっているらしいのだが、いかんせん高額なため取り付けられない人も一定数存在している。ちなみにアヤカシとは海上の怪異や妖怪の総称である。

他には桂男たちのアイドルグループが大人気とかそんな話題だった。

ニュースの内容からも推測できるように、この世界には多種多様な怪異や妖怪と呼ばれるものが存在している。昔は妖怪とは敵同士だったらしいが人類の科学技術の進歩は目覚ましく妖怪と意思疎通する方法や、退ける技術を発明し人類は妖怪や怪異と共存する道を見つけた。そして人間と知能のある妖怪たちは手を取り合いこの現代社会を形作っているのだ。

私は夕方のニュースが終わると鼻歌を歌いながらシャワーを浴び、就寝前の準備を始めた。

「うわ、気持ち悪いな」

「なにが?」

肌の保湿をするためにに鏡で顔を見て気づいた。光の当たり方の問題だろうか、梨花の目の色は焦茶だったはずなのにところどころが黄色っぽくなっている。

「いやなにって目の色だよって、え?幻聴?」

「幻聴て、いけずやなあ。昨日のことやのにうちのこともう忘れてしもたの?」

右肩に感じる重みと鏡に映る黒い影に変な口調。もう確認しなくても分かる、こいつは悪霊だ。

「ちょっとまってやうちは悪霊ちゃうわ」

今、考えていたことを口に出してしまっていたのだろうか。悪霊ではないみたいだ、それにしても怪しいし、怖い。

「安心せえ口に出してなかったで。うちは心が読めるんや有能やからな」

黒い何かは肩から正面の化粧台に移動した。そしてテッテテーという古いフレーズを発しながら体長20センチくらいの黒猫に変身した。

瞳はイエローで透き通っていて毛皮はふわふわで可愛い。まるでよくできたぬいぐるみみたいだ。私は意を決して話しかけた。

「あの、昨日は家の近くのコンビニに行っただけですし誰とも会っていません。もちろん貴方のことも知りません」

黒猫は尻尾をゆっくりと揺らして大きな瞳を煌めかせて話し出した。

「うちのこと知らんわけないやろ。よく思い出してや、道端に倒れてたうちのこと助けてくれたやん」

「まさかあのノミだらけの子猫のこと言ってる?」

思い出した。昨日は日差しが非常に強く、暑かったのでアイスが食べたくなりコンビニに行った帰り道のことを。道端に毛皮にはノミと目には目やにが溜まり放題の大変汚い子猫がぐったりしているのを見つけた。私は不憫に思って近くの公園に連れて行き、木で日差しが遮られているところの蛇口を少し捻って水をあげたのだ。子猫は水をちびちび舐めていたので良いことをしたなとすぐ家に帰ったのだがもしやこの黒猫はその子猫に関係しているのだろうか。

「なんやちゃんと覚えてるみたいやな。そうあの子猫こそうちが変化した姿。タイプDや、さも可哀想な子猫やったやろ」

「それは分かったけどでもなんで家の中にいるの?」

「それはあれや、その、あんたの影に潜んで驚かしたろと思っただけなんや」

黒猫はなんだか気まずそうに目をキョロキョロさせている。

「方法が聞きたかったんじゃなくて理由が私は知りたいんだけど」

私はなんだかキョドキョドしている黒猫にイラついていた。

「説明させていただきます…」

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