1-32
扉をあけるとスーツを着た二人組が目の前に現れた。
恋愛シミュレーションゲームに迷い込んだのかと錯覚しそうになるが、当たり前のようにそんなことはなくここは
現実だ。
人見は最初から変わらぬ姿だがオーダーメイドで作られ、無駄なダボつき一つなく体にぴったりあっているものは確かにその人の品の良さを際立たせる。口を開かなければなかなかかっこいいのかもしれない。
その隣には黒いスーツに着替えた鷹尾。いつも見る姿と何一つ変わらない。人見に比べるとやはり市販のスーツは見劣りするが、持ち前の輝かしい顔立ちが全てを帳消しにしている。先程のわけわからない三兄弟Tシャツも相当なインパクトだったが、これはこれで別のインパクトがある。
「終わったか」
「はい」
「わあ、かわいいね」
「うぐっ」
一実はバラの花びらに襲われる。顔にびちびちあたって痛い。気持ちいつもより増量されているような気がする。
「ありがとうございます」
「さっきの服も可愛かったけどこっちの方が可愛いね」
「この数分の間に眼球を捨てたか? お前は一体何でどこを見ている。明らかにこっちの方がいいだろ」
一実はふくらはぎをくすぐるように踊るスカートを見る。
白地に小さな花が描かれているワンピース。昨日のドレスと比べたら華やかさは劣るが、すそと袖に控えめにあしらわれたレースが上品で、さっきまでお笑い芸人みたいな衣装を着ていた人物と同じとは思えない。
「一実ちゃんはいつも可愛いから」
「ピィ」
「やめろ、それ以上はこいつが過剰摂取で死ぬ」
「薬物中毒者みたいに言わないでくださいよ」
「なら隣歩くか?」
「あっ無理です」
さっきの出来事の後でこれ以上鷹尾を見つめたら蒸発する自信がある。少なくとも自然と漂ってくる香りや視界の端で見える仕草、何より声で昇天してしまうかもしれない。
「先生よくこれ見つけましたね。私たちが連れていかれたのって婦人服ばかりだった気がするんですけど」
「僕は数分で終わったからな、お前の着替えが終わるまでに僕はあの建物を一周したぞ」
「何で一周するんですか。徘徊癖のある老人みたいですよ」
「婦人服売り場でずっと待ってろという方が酷だろ。いろんな店を巡ったおかげでお前はあの赤丸を腹に住まわせなくて済んだんだ。まあ元々、着替えの服を持ってきてないだろうと予想して何かしら代わりになる物を探すつもりだったがな」
「……ありがとうございます。靴も履きやすいし可愛いです」
ワンピースを同じ白いパンプス。布で作られた飾りの花とそのまわりにちりばめられたスパンコールがきらりと光る。
「センスがいいのはスーツで知ってましたけど、女子の流行はどこから取り入れてるんですか。雑誌だって読んでないのに」
「そんなの日常生活で取り入れられるだろ」
「え、先生事務所に引きこもってますよね?」
人見は「何を言っているんだ」と言いたそうに顔をしかめる。
「おはようございます」
答えが帰ってくる前に寿宏が現れた。
執事服で髪も綺麗に撫でつけられており、高度な間違い探しのように昨日との違いが見つけられない。それなのに清潔感が感じられるのは何故なのだろうか。
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