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「いやダッッッッッサ!!」
何これ。
いや本当に何これ。
センスの欠片もあったもんじゃない。幼稚園児の落書きの方がまだ理解できる余地がある。
わなわなと震える一実は白いTシャツとデニムを履いていた。簡単に言えばそれで終わりだが、朝っぱらから大声が出るほど一実のそれは普通ではなかった。
白いTシャツは一見無地に思えたが、胸から腹にかけて丸くて大きな顔が描かれていた。携帯のメッセージアプリで使うような絵文字によく似ている、均等な円に目と口があるだけのシンプルな顔だ。文字だけではうまく伝えられない感情を相手に伝えるために作られた物のはずが、今では一実に恐怖を与えている。
土台となる丸い顔は苦しんでいるかのように真っ赤で、目は白目をむいて口からはだらっと舌が垂れさがっている。一体どんな感情を表しているのかさっぱりわからない。
そもそもなぜこんな表情を描こうと思ったのだろうか。一実が持っている携帯の中にも金銭を払ってダウンロードしたアプリの中にもこんな顔は一切見当たらない。
もしあったとしても一生使わないだろう。
問題はそれだけではない。意味も用途もわからない絵文字が描かれたTシャツの下に履いているデニムパンツはいわゆるダメージジーンズだ。破れやほつれ、脱色などを売りにしているが服として機能していなかったりダメージの度が過ぎていたらそれはもう布を越してただの紐だ。
そう、まさに紐だった。
ショートパンツ丈までは服の機能を発揮しているのに、そこから下は表も裏も布がなく、縁取るように残った紐がかろうじてジーンズと呼べる可能性を残していた。
それこそ要らない。残った横の縁取り部分を全て切ってしまって、ショートパンツとして生まれ変わった方がずいぶんマシだ。加工すればまともになるのならTシャツより救いがある。
そうだ、切ろう。どんなに不格好でもこれよりひどいようにはならない。
天才かとうぬぼれそうになった発想通りに一実はハサミを探した。しかし、考えつく場所と収納を全て見てもハサミは見つからない。それどころか刃物の類が一切出てこなかった。
ホテルなら必ず置かれているアメニティの中に小さなハサミやカミソリがあったはずだが、ここはホテルでも旅館でもなく、金持ちではあるものの分類的に言えば一般の家庭だ。当然ながらアメニティなんて置いてあるわけがない。あんなにも一般家庭とかけ離れた建物や室内が多いというのに、こういうところだけは普通であった。
そうだ、昨日のドレス。
連続で同じ服を着るのは気が引けるが、幸い汗をかいていない。人からの視線は痛いかもしれないが、この服を着て出歩く方がどう考えてもしんどい。
わずかな希望を胸に改めて探し物を再開した一実だったが、ふとあることに気づいた。
昨日の夕方、大浴場に行った際、ナイトウェアを差し出された代わりに洗濯物を預かると女性の使用人に言われたではないか。
一般家庭とは思えない広いお風呂と豪華な食事ですっかり忘れていた。そうだ、確かに預けた、だからこんなに探しても見つからないのだ。
コンコン、と扉をノックされた。これがドレスを持った使用人なら救世主だ。
けれど、世の中はそんなに甘くない。
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