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でも少しだけ、せっかくこの場にいるのならどんな形でもいいから参加したい。
「部屋に着いた順番から考えるに、執事の息子も関わっているだろうな……」
「允典さんも?」
「あ」
と声を漏らしたのは一実だった。やってしまったと後悔しても二人の視線は注がれていて、今さら「何でもない」なんて言える雰囲気でもない。
「……私、お手洗い探してたときに部屋を片っ端から開けてたんですけど」
「お前それ、とんでもないことを言っているとわかっているか?」
「まあまあ」
「掃除用具入れをしまうだけの部屋があるって知ってました? ほかの部屋に比べると半分かもう少し狭いですけど、あれ人住めますよ」
「これだけ広ければ不思議なことじゃないだろ。掃除ロッカー変わりに部屋を割り当てるなんて珍しくもない」
「允典さんがそこで泣いていたんです」
「……ほう」
「あ、いや、多分ですよ。正直よく見えなかったので本当かどうかは」
「なるほどな」
「どうした?」
「いや、プライベートな話だ」
一人だけ納得したような顔をしてホッケに箸を伸ばす人見。もくもくと食事を進め、推理はここで終わりかと思われたが、デザートに移ったタイミングで鷹尾が個人的に持ち込んだと思われる牛乳プリンを差し出し、続編が紡がれる。
「そういや世の中の女性の大半はお前に惚れるが、娘と中国人だけは見惚れてなかったな。同じ性別の化粧が濃い嫁の方は溶けそうなほどだったのに、おかしくないか? 微笑むだけで無意識にそこら辺の女性をばったばったとなぎ倒し、無駄な花びらを添えて去るのが毎日なのに、手を抜いたとかそういうレベルの話ではないはずだ」
推理の続きを期待していたのにわけのわからない文句をつけ始めた。
確かに鷹尾の魅了を跳ね除ける猛者が偶然この家に二人も居るというのは相当な確率だろう。
「うーん、そんなこと言われても困るなあ」
手帳を閉じた鷹尾の顔は、全く困っているようには見えない。
「今日のところはここまでにしようか。続きは明日ってことで、美味しいごはん食べたことだし、あとはお風呂だね。大浴場があるんだっけ」
「あっすごくよかったですよ。朝と夜で露天が入れ替わるので、今は女湯が内湯で男湯が露天です」
「そっかそっか、いやぁ楽しみだね」
「ホテルか旅館だな、もはや家ではない」
「あ、そうだ明日の服渡しておくね」
そう言いつつ紙袋を取り出した。
「僕はいい。自分で持って来た」
「あ、そうなの? 残念だな。でもせっかくだからあげるよ」
「いらん」
「遠慮しないで」
「してない。いらない」
「サイズぴったりだから」
「お前に僕のサイズを教えた覚えはないんだが」
鷹尾は笑顔を返した。何も言わず、ただ微笑むだけ。一実に対してなら効果的だが、人見からしたら不敵な笑みにしか見えず、効果は一切ない。嫌々貰うだけ貰った人見の眉間には深い深いしわが刻まれている。
「こっちは一実ちゃんね」
「えっ、ありがとうございます!」
「似合うといいなあ」
その言葉を素直に受け取るとすれば、この紙袋に入った服は一実のために鷹尾自ら買った物となる。用意しただけと言えばそれまでだが、言い換えればプレゼントだ。男性からの贈り物は初めてだった一実は、文字通り舞い上がった。
一体どんな服をくれたのだろう。見たい気持ちが毎秒膨れるが、そこをなんとかこらえて明日にとっておくことにした。
鷹尾は事務所に来るたびにお土産や差し入れを置いていく。それは全て食品で、しかも乳製品が使われた物に限っていた。だが今、手にあるのは食品以外の物で、しかも人見経由ではなく一実へ直接渡された。
これを楽しみにしないわけにはいかないだろう。
こんなにも煌びやかな顔面を持っているんだ。それに今まで見たスーツや今日のタキシードの趣味もいい。そんな鷹尾が選んでくれた服はさぞかしセンスがいいんだろう。
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