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「娘と執事は何か隠してる」
「!?」
唐突に空気が変わった。声のトーンは全く変わってないのに、目の前にいる人見がまるで別人に見える。戸惑う一実は状況説明を求めるように鷹尾を見たが、にっこり笑って人差し指を口に当てるだけだった。おまけにウィンクまでつけられたら従うしかない。
「葉菜子さんと寿宏さんのことかな?」
「そうだ」
箸に持ち替えてホッケの骨を取り除き始める。大きな骨から小さな骨まで丁寧に取りながら独り言のように話をつづけた。
「娘のあの落ち込み様、おかしいと思わないか? 婚約者を亡くしたにしては悲しみが深すぎる。家族の話し方と様子を見る限り、おそらくこれは政略結婚だったはずだ。壽松木家か太央家か、どっちがどうかは知らんしそこに興味はさらさらないが、少なくとも娘と亡くなった息子の間に愛はなかったはずだ。恋愛結婚ではないからな。まあ、婚約した後で恋に落ちるなり愛が芽生えることはないとは言い切れないが、それにしたとしても悲しみ方が合わない。そうだな……例えば、とても大事な宝をなくしたような、そんな感じだ。あと何より怒りを抱えている。今はまだ悲しみが勝っているが、そのうち爆発するぞ、あれ」
「寿宏さんはどうして?」
「お前が聞いたことに対して十分な情報は話していたが、それ以上は何も言っていなかっただろ? 必要最低限、決められたセリフみたいだ。こう聞かれたらこう言う、さらに聞かれたらこう言う、というような感じで事前に用意されていたんじゃないかと僕は思う。その証拠にあの言葉には何一つ人の感情というものが含まれていない。扉のことを聞いた時だけ一瞬崩れたが、すかさず娘のフォローが入っただろ。しかも開けたまま、と。開いたままではなく開けたまま、だ。人によって喋り言葉は変わるが、執事が言った通りであれば娘はまだそこに居ない。扉を開けるところを直接見ていないはずなのにあの言い方はおかしい。娘が部屋に到着したのは執事が誰か呼びに行っていた間だ。戻ってきたら居たと言っていたんだから、二人はすれ違いもしなかったはずだ。ならなぜ開けていたと言ったのか。簡単な話だ、そもそも部屋に着いた順番が逆なんだ」
「……第一発見者は葉菜子さんだった?」
「その方が自然だ。人に説明をする時、誰かがやった場合と自分がやった場合で使う言葉が変化するだろ? 誰も居ない状況で扉が開いていたら、扉が開いている、過去形であれば開いていた、開いていたと言うだろ? それは見たままの状況を説明しているからだ。では自分で開けたとき、開けた、開けていたというのが普通。これも状況と言えるが正しくは記憶だ。さっきの状況説明とは違って主観という自分の感情が入る。この二つで大きく違う部分はそこだ。僕らも無意識でやっているが、感情が入るか入らないかで言葉も意味も大きく変わってくるんだ」
いつの間にかホッケが丸裸になっていた。取り除かれた骨は一か所にまとめられ、薄皮と身が食べられることを待っている。
あんぐりと口を開けたまま固まっていた一実は我に返った瞬間に口をふさいだ。
推理だ。
あんなに嫌いだの絶対にしないだの騒いで、今日会ったばかりの壽松木家や太央家の人にも堂々宣言していたのに、人見がこの場でしていることは、推理以外の何ものでもない。
でもその言葉を言ってはいけない。
初めての状況で何もついていけてないが、それだけははっきりとわかる。
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