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「わ、ごめんね」
この声は。顔を上げると西日を背景に光り輝く顔があった。
「あっお前、部屋にいろって言っただろ」
後ろから人見も現れた。何故か電動スクーターに乗っている。結局借りたのか。そもそもこの家にあったのがすごい。誰でもいいからと人に出会うことを願っていたのに、今だけはなんだか違う気がした。
「お手洗い探してるんです~。ということで見ませんでした?」
「こっちにはなかった気がするけど」
「……仕方ない、付き合ってやるか」
スクーターをすっかり乗りこなした人見が一実の周りをくるくる回る。自分の物じゃないのに自慢してるんだろうか。
「いいですよ。一人で探せます」
「部屋で大人しくできないなら誰かが付き添わないといけないだろ。何をするかわからないのに」
「そんな、私を野良犬みたいに」
「野良犬の方がエサで言うこと聞くな」
「あれ? ご飯で釣られるのは先生の方ですけど」
「???」
本気でわからないという顔をした。いい年した大人がそんな顔をしてはいけないくらい崩れた顔だった。多少バカにしている気持ちが混じっている。
「ああ、こちらにいらっしゃいましたか」
一実の後ろから寿宏の声がした。
「お飲み物の用意ができたのですが、いつ頃お部屋にお戻りになられますか?」
「今すぐ戻ります」
「えっ」
「探索も捜索も終わりだ。僕は部屋に戻らせてもらう」
今にも踊り出しだしそうな人見は寿宏と一緒に去っていった。残された鷹尾と一実は呆然とその背を見送る。
「鷹尾さんはどうします?」
「んー……一通り見たし戻ろうかな」
「そうですか」
「あ、よかったら一緒に探すけど」
「いえいえ。大丈夫です」
鷹尾にそんなことはさせられない。探索は終わったようだが仕事しに来ていることには変わらない。考えをまとめる時間も必要だろうし、何より一実が恥ずかしい。丁寧に断って一実は歩き出す。
そこから先は途方もない迷路を歩いているようだった。一般家庭とは言えないが、人が住む目的で建てられた建物なのにずっと同じ景色が続く。まるである一定の条件をこなさないと先に進めないループにハマったゲームだ。
「えーん全然ないー」
せっかくならさっき寿宏に聞いておけばよかったと後悔する。
涙目になりながらもうどれだけ曲がったかわからない角を曲がると、今度は葉菜子に出会った。
青いドレスから動きやすい洋服に着替えている。左胸に薔薇の刺繍がほどこされ、袖がシフォン生地に切り替わり細い腕が見える。合わせたプリーツスカートは刺繍のバラの色に合わせた上品な赤とオレンジのグラデーション。きっとそのTシャツとスカートもきっとお高いブランド物だろう。
応接間を出たところで睨まれたのを覚えていた一実は身を固くする。人見のあの態度で壽松木家と太央家からの見た一実たちの印象が最悪なのは当然だ。一実自身が何かしたわけではないが助手と言ってしまった手前今さら「関係ありません」なんて言えるはずもない。
「どうかしました?」
「え、えっと……お手洗いを探してて」
「あら、そうだったんですね。よろしければご案内しますよ」
「いいんですか!?」
あの時一実たちを睨んでいた人物と一緒だと思えないくらい、葉菜子は朗らかに微笑んでいた。一冠の終わりかと思えた出会いが思ってもみなかった助け舟に変わったことに感謝しつつ、言葉に甘えて案内をしてもらうことにした。
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