1-22
ベッドの上で一実はごろりと寝返りを打った。
全身を包み込んでくれているベッドはふかふかで、テレビを見ていれば退屈はしない。けれど、あまりにも広すぎてどこに居ても心が落ち着かない。
追悼パーティで何も食べられなかっただろうからと、寿宏が気を利かせてフルーツなどの軽食とオレンジジュースをピッチャーで部屋に運んできてくれたが、それもすでに食べきってしまった。
部屋の冒険も終わったし、テレビも飽きた。これなら大学で出された宿題でも持ってくればよかった。
もう一度寝返りを打った瞬間、一実はあることに気がついた。
─お手洗いに行きたい。
ピッチャーに入っていたオレンジジュースを全部飲みきったらそりゃそうなる。部屋から出るなとさんざん言われたが、これは仕方がない。
ベッドから下りて扉へ向かう。多少後ろめたさは捨てきれないが、この広い屋敷でばったり会う確率は低いだろう。それに緊急事態だ。
扉を開けて廊下に出る。さて、まずどっちに行こうか。左に行けば応接室がある。右は未開拓だ。この場合、知っている道を行く方が安全だと思うが、部屋に案内される途中、きょろきょろ見回していた一実はトイレらしきものがなかったのを覚えていた。
こうなったら未開拓地に行くしかない。大丈夫、タイムリミットにはまだまだ余裕がある。
屋敷は一実の想像以上に広かった。廊下は長く、部屋は多い。いくら部屋がホテルみたいだと言っても、ここは個人の家だ。案内板もなければ聞けるホテルマンもいない。正確に言えば執事や家の人間に聞くことはできるが、何せこの広い家だ。しばらく歩いたはずなのに誰一人として出会っていない。
体を動かしたことでタイムリミットがじわじわと迫って来た。背に腹は代えられない。
一実は部屋を片っ端から開けていくことを決めた。他人の家を家探ししている泥棒みたいでとても褒められた行動とは言えないが、いつまで経っても目的地が見つからないせいで人間的尊厳を損なうよりマシだ。
がちゃん、がちゃん、と遠慮も容赦もなく扉を次々と開けて大小構わず、全ての部屋を覗いた。けれど開けても開けてもゲストルームばかり。装飾の色が違うだけで家具の大きさも配置も全て同じ。一体どれだけの人が泊まるんだ。
がちゃん。
また次の部屋を開けた。ロッカーと掃除道具が綺麗に並んだラックが肩を並べて る。当然ながら一実が探し求めていた場所ではない。落胆した顔で扉を閉めようとしたときふと手を止めた。
誰かのすすり泣く声が聞こえる。
扉の隙間からそっと覗き直すとラックの向こうで震える肩が見えた。顔がよく見えないが、服装と髪型からして允典であることがわかった。なぜ泣いているのだろうと疑問がわくが、ここで声を掛けられるほど無神経ではないし、一実がそんな悠長なことをしている暇がない。切羽詰まっているとは言え、この状態の允典に道を尋ねるわけにもいかない。掃除道具の部屋をそっと閉めて廊下を速足で歩き出した。
せめて誰かに会いたいと思いながら廊下の角を曲がると誰かとぶつかった。
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