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「じゃあ、屋敷の中見て回ろうか」


「は? それはまさか僕らに言っているのか? その仕事は刑事であるお前一人でやれ。これ以上付き合う気はない」


「あー、なら私がお付き合いしますよ。体力を使い果たしたよぼよぼ老人の先生は部屋でゆっくり休んでいてください」


 ひなが親鳥についていくような流れで着いていこうとする一実。その腕を人見が掴んで引き留める。


「老人ではないが?」


「年齢はそうかもですけど、体力はおじいちゃんですよ」


「この体力お化けと比べるな、徹夜で張り込みした次の日の早朝、事務所に来て遊びに誘ってくる男だ。この家も余裕で回れる。お前は部屋にこもってろ。不注意で高い花瓶を割られたらたまったもんじゃない」


「まるで私が割ったことがあるかのように言いますけど、先生の前で花瓶割ったことないですし、そもそも事務所に花瓶ないじゃないですか」


「執事かその息子に見惚れて足を踏み外すかもしれない。その先に高い花瓶がないとは言えない。少なくともその可能性があるなら野放しにするわけにはいかない。損害賠償がこっちに来たら僕は首をくくらないといけなくなるだろ」


「いやいや、私を舐めてもらっては困りますね。横に鷹尾さんがいれば誰も好きになったりしません。この世にいる男性全員ジャガイモです。先生は特別に男爵イモにしておきますね」


「メークインだか男爵だかどっちでもいいしどうでもいいが、それならこの先の人生ずっとあいつに恋い焦がれていればいいじゃないか。進展することもなければ失恋することもないぞ」


「はあ~……。先生は女の世界をわかってませんね。その先は地獄なんですよ。相手にバレないように日々裏で蹴落とし合いが開催されている乱闘に丸腰で参加なんかしたくないです。しかも相手の大半は婦警ですよ? ムリムリ。大学生の私なんか片手で一捻りされます」


「婦人警官をゴリラだと認識していようがお前の勝手だからそこに関しては何も言いやしないが、それと戦う様は面白そうだ。戦えばいいじゃないか。勝利したらものにできるんだから多少の犠牲は払って当然だろ」


「犠牲どころか命を捨てることになります」


「年齢とフラれた回数がほぼ同じで生きていられる方が僕は不思議だ」


「タフなんで」


「タフじゃなくてバカなんだろ」


「バカじゃないですよ!」


 ここまで来たら悪口だ。


「いいからお前は部屋にいろ、いいな?」


「なら鷹尾さんには誰がついていくんですか? どっちかって言うと私より花瓶割る確率が高いと思いますけど」


「お前アイツの年齢知っているだろ、僕と同じ三十だ。その年にもなってそんな注意散漫なこと……」


「大事な被害者の写真を応接間に置き忘れてましたけど」


「……」


「あれ完全に忘れてた顔ですよ」


「あっ」


 その声を聴いた二人は一斉に振り返った。


 視線の先の鷹尾は廊下に飾られている甲冑の頭を持っている。廊下に甲冑が置いてあることも驚きだが、それに触れてさらには頭を引っこ抜くという行動にどうしたらなるのか。


「どう飾られているのか知りたくて」


 わんぱくボーイ再来だ。持っているのは甲冑だけど。


「今すぐ戻せ、もう何も触るな」


「意外と軽いんだね」


 事の重大さをわかっていない鷹尾に人見は頭を抱える。目の前でしでかしたからには誰かしらついていかないといけないことが分かった。豪華な部屋で優雅にロイヤルミルクティーを味わうつもりでいたが、一実に部屋にいろと言った手前、残るは人見しかいない。


「やっぱり来るんじゃなかった……。事務所の鍵を変えるか? いやそもそもあいつに合鍵渡した覚えないんだがな」


 可能性としてミリ単位ではあるものの、疑いを一実に向けざるを得ない。


「こっち見ないでくださいよ。私ですら合鍵持ってないんですから」


「そうだった。なあ、今日の朝どうやって事務所に入った」


 甲冑の頭を前後逆につけた鷹尾がはにかみながら答える。


「カフェのオーナーさんに手帳見せたら開けてくれたよ?」


「職権乱用だ。すぐ辞表を出してこい」


「事務所で雇ってくれる?」


「こいつに恋人ができるくらい無理だ」


「むかっ! 先生は何かと私をバカにしてきますね!」


「バカにしてるつもりはない。わかりやすくていいだろ」


「一実ちゃんにはきっといい人が見つかるよ」


「一生鷹尾さんについていきます」


「死亡フラグだ」


 呆れたと言わんばかりにため息をついた人見は窓の外を見た。


 大きなくすの木が植えられた中庭は手入れが行き届いている。植木はチェスの駒の形に切りそろえられて遊び心があるが、キングとクイーンが喜多彦と波留子を模しているのはいかがなものか。自分の敷地内で何をしようと勝手だが、プライドの高さが見え見えで美的センスが皆無だ。


 ふと人影を感じて視線を上げる。中庭を挟んだ向かい側に葉菜子が居た。中庭を見下ろして物思いにふけっているような顔をしている。大体の視線を追うがその先に人はいなく、木の根っこがあるだけだった。植物によっぽど興味があるんだろうか。


 人見に気づいた葉菜子はそそくさと居なくなった。


 どうしてそこにいて、何を見ていたのか解明は出来なかったが、それはそれでいい。


 人見は推理が嫌いなのだから。


 謎なんかに興味はない。

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