1-20
階段を上がって長い廊下を進む。広間から応接間までもそこそこ歩いたが、用意してくれたという部屋はそれ以上に遠かった。
日々大学まで歩いて通っている一実や、仕事で体を動かすことが多い鷹尾はまだ平気な顔をしているが、普段全く運動をしない人見は明らかに歩く速度が落ちて息が上がっている。
今はまだいいかもしれないが、今後年齢を重ねていくにつれて体形が崩れていくのは目に見える。野菜多めにするなどして食生活を見直さないといけないな。
あまりにも長い廊下で疲れた人見が二、三度廊下の隅にしゃがみ込み、「動けない」なんて小さな子供じみたことを言いだした。一実が心配している未来はもうすぐそこかもしれない。
一度目は一実が引きずろうとしたら力の入れ方が雑で痛いと文句を言われ、二度目は鷹尾がおんぶしようとした瞬間、何事もなかったかのように歩き出した。三度目はどうしようかと顔を見合わせていると鷹尾がいいこと思いついたと言い、今度はお姫様抱っこをしようとした。
成人男性がお姫様抱っこだなんて屈辱にもほどがある。だがしかし鷹尾からその発想が出たことが一実からしたら過去一驚くほど珍しく、かつ腹を抱えて笑うくらい面白かった。本人はきっちり拒否をしたが、あとは持ち上げるだけの格好までは目に焼き付けさせてもらった。今後、人見にたいして腹を立てるようなことがあったらこれを思い出すことにしよう。
結局なんだかんだ文句を言いつつも足を進め、ゲストルームになんとかたどり着いた。
それぞれあてがわれた部屋は一人で使うには十分すぎるほど広く、応接室と負けず劣らず高級家具が揃えられていた。
キングサイズのベッドに天蓋カーテン、大きな姿見と鏡台、壁掛けテレビ、革張りのソファー、装飾が施されたローテーブル。
これはもはやゲストルームではなくホテルだ。
「振原様は赤、人見様は青、鷹尾様は緑のお部屋をお使いください。お夕食は梅の間でご用意させていただきます。もしご希望でしたらお部屋まで運ぶこともできますので仰ってください。皆様アレルギーなどございますか?」
「大丈夫です。急にお邪魔した身なのでお構いなく」
「勝手に全員分答えるな。それはそうと飲み物は牛乳かロイヤルミルクティーがいいのですが。あとセグウェイはお借りできますか?」
「体だけは健康なのでアレルギーはないです。あとこの人には水道水でいいですし、歩かせますので何もしなくて大丈夫です」
「僕は今日何も飲んでなくてのどがカラカラなんだ」
「だったら喋らない方がいいのでは?」
喜多彦や波留子のきつい視線から解放されたおかげかお互いに口が緩んで言い合いが進む。事務所にいるような口調に允典がふと笑いを零した。
「仲がよろしいのですね」
「そんなことはないです。桃太郎にきび団子程度で絆された犬と雉よりつながりが薄い者たちです」
犬や雉より薄いつながりとなるともはや他人だ。あと残りのサルはどこへ行ったのだろう。
「ご冗談を。人見様のお部屋に後ほどロイヤルミルクティーをお持ちいたします」
「ありがとうございます。ところで目はどうしたんですか。少し赤くなっているようですが」
人見の言葉に允典はさっと俯く。
「……ただの寝不足です。すみません、みっともない姿で」
「いえいえ、うちの家政婦に比べたらみっともないなんてそんな」
「家政婦さんがいらっしゃるのですか」
「ええ、この惚れっぽいオマケですが」
人差し指が一実の頭に突き刺さる。
「冷蔵庫の中にあるシチューですが、あれやめてカレーにしますね。どうせならめちゃくちゃ辛くしたいですがスーパーに売っているルーしか入手できないので頑張ります。」
「殺人予告だ。逮捕しろ」
「辛いカレーは美味しいよ」
「グルになるな、仕事しろ」
「そういえば鷹尾様、こちら応接間にお忘れでした」
ポケットから大事そうに写真を取り出す。応接間で鷹尾がテーブルに置いた物だ。
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえ。では、何かありましたら内線でお呼びください」
頭を下げて背を向ける允典。最後まで気の利いた振舞いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます