1-19
「殺す気か」
廊下に出て開口一番がそれだった。
「いやいや~」
タキシードの胸ぐらを容赦なくつかんで壁に追いやった人見を目の前にして、へらへらと笑えるのはきっとこの世で鷹尾くらいだと思う。
「勝手に宿泊するなんて決めやがって。僕は今夜大事な予定があったんだぞ」
「十時からやるコンビニで買えるヨーグルトランキングなら録画予約しておいたよ。あと明日の朝の、世界チーズの旅も」
口に入れる物だけでではなく、目から入れる物さえも乳製品だらけなのかこの人は。呆れつつも一実は二人の仲裁に入る。
「はいはい、やめてください。先生、手離して」
「くそ、今夜はシチューだったのに……」
「まだメニュー言ってませんでしたよね? 冷蔵庫の中も見てませんよね? っていうか私、先生が出かけている間に全部料理を済ませたはずなんですけど何で知ってるんですか?」
シチューにしようと思い材料を買って実際に作ったが、何度記憶を掘り返しても一実が料理をしている間絶対人見はいなかった。
アイスやミルクケーキの誘惑に負けた人見が渋々了承したあと「こいつを追い出してくる」と言って外に出て、一実が片付けを済ますまでしばらく返ってこなかった。
カレーなら部屋に残ったスパイスの香りで気づくかもしれないが、そういった類は一切使っていない一般的なシチューだ。まかさとは思うがごみ箱でもあさったんだろうか。
「買い物袋を見ればわかることだ」
「こっわ」
透視能力でもあるのだろうか。
がちゃり、と応接間の扉が開き、壽松木家と太央家が出てくる。廊下にいた三人を見つけた喜多彦は不満そうに人見を睨み、フンと顔をそむけた。波留子は軽く会釈をしたが、きっと建前だろう。葉菜子も同じく、鷹尾たちを見た途端眉間にしわが寄った。ドレスの胸のあたりをぎゅっと握り、顔をそむける。
ああまた人望が失われていく。
明日には仕事がなくなってるかもしれない。
寿宏が太央家を連れて部屋から出てくる。繁昌も変わらず人見を睨んでいった。救いだったのは柳您が変わらない笑顔で手を振ってくれたことだ。声を発することもなかったからきっと日本語がわからないのだろう。わからなくてよかったと思う。
扉を閉めた允典が三人の元へやってきた。
「お部屋にご案内いたします」
允典の後ろ姿は寿宏とよく似ていた。お辞儀の角度や歩く歩幅、「段差にお気を付けください」と促す手。父親の遺伝子か執事として教育された賜物か、執事になるべくしてなった人物と思える。
唯一違うのは髪に何もつけてないところか。
寿宏は白髪交じりの髪を全てオールバックにして綺麗に撫でつけていたが、允典は歩くたび黒い髪がふわふわと揺れる。かっちりした執事もいいが、少し緩い執事もいい。一実の稼ぎでは到底手の届かない存在だが今ここに居る間だけでも堪能しておこうと思う。
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