1-18

「あの……」


「ん?」


「凶器は見つかってないんですか?」


「ああ、まだだね。壽松木家の敷地内をくまなく捜索させていただきましたが、それらしき物は一切ありませんでした。恐らく犯人が持ち帰ったのでしょう。他に何かお気づきになったことはありませんか? どんな些細なことでも構いません」


 鷹尾の声に応えたい気持ちはあるものの、一実が疑問に思ったことは凶器の行方だけだった。こういった人数が集まった場で何か質問や気づいたことはないですか? と聞かれた時、どうも我先にと手が上がらない。周りの顔をうかがってばかりなのは日本人の良い所でもあり悪い所でもある。


 すっかり静まり返った応接室に「あ」と声が漏れる。その声の主は、寿宏だ。


「どうしました?」


「あ、いえ……」


「何か気づかれたのでは?」


「……小さなことかもしれませんが、市籠様は普段着をお召しでした」


「そういえばそうでしたね。あの時間にわざわざ着替えていたのか、それもとずっと起きていたのか。どちらかわかれば進展すると思うのですが……」


 ふむ、と考えながら鷹尾は警察手帳にメモを書き足す。寿宏が声を出したことがきっかけで場の空気が緩んだのか、固く閉じられていた口から疑問が漏れる。


「あの、そちらの方は何もおっしゃらないのですか? 探偵さんなんですよね?」


「そうだ、ここからは探偵の仕事だ。君、何か言ったらどうだね」


 壽松木夫妻は探偵という職業の人見を過信していたのだろう。


 それは仕方がない。刑事がわざわざ連れて来たんだ。これで犯人が分かり、事件は無事解決。


 彼らはそんな未来を思い描いていたが、そんなテレビドラマのようなお決まりのパターンは存在しない。


 ふてぶてしくソファーにどっかり座っていた人見が眉をひそめながら口を開く。


「何か勘違いしていませんか?」


「え? 勘違い?」


「ははは、推理のお披露目はまだというのか。そんなもったいぶらなくていい」


 最終巻の結末を待てない子供の様にはやし立てる喜多彦。もちろん、普通に考えればここは探偵の見せ場だろう。誰もが気づかなかった事に焦点を当てて矛盾を引き出して犯人を当てる。


 だがそれはこの場に居る探偵が、普通の探偵であったら、の話だ。


「私は推理などしませんが?」


 探偵だと名乗った人物から信じられない言葉が発せられた。


 ぽかん、と口を開けたまま固まった。これぞまさに、鳩が豆鉄砲を食ったようというのにふさわしい。


「き、君……今、なんと……?」


「推理しないとおっしゃいました?」


「そんなおかしい探偵がいるか」


 理科室に飾られている骨格標本のように静かだった繁昌まで加わってヤジを飛ばす。


「探偵は推理をする者だろ!」


「そうよ、そのために来たのでしょう?」


「早く息子を殺した犯人を教えるんだ」


「事件を解決させに来たんじゃないのか、何しに来たんだ」


 やれやれというように足を組む人見。お邪魔している身でありながらその態度はどうかと思う。今すぐ追い出されても文句は言えない。


「確かに最初探偵だと名乗りましたが、職業が探偵である以上そう名乗るしかないわけで。事件を解決しに来ましたとは一言も言っていないはずです。何しに来たということについて答えるのであれば誘導されてきたとしか言えませんね」


 隣の麗しい顔を指さしながら言った。連れて来られたのは一実も合わせて事実だと言えよう。けれど事件被害者家族も居る場だというのにはっきり「解決しに来たわけではない」と言ってしまうのはいかがなものか。どこに居ようと何も変わらない、いつも通りの人見だ。


 鷹尾は焦った顔もせず静かに人見の指を力強く握り込んだ。


「イッ!」


「ご心配なく、事件はじき解決します」


「はぁ? あのな─」


 人差し指を握っていた手を離して即座に人見の口と鼻をふさぐ。ここから出てくるのはどうせ長い反論だ。理屈と屁理屈をごちゃまぜにして数十時間も煮込んだような聞くに堪えない話を今この場でさせるわけにはいかない。


「お屋敷の中を拝見したいので、今夜泊めていただくことは可能ですか?」


「!? もごもごもが」


 必死にもがくが普段から鍛えている警察官に人見が叶うはずがない。達者な口もしっかり塞がれているせいで何を言ってるのかわからない。


「え、ええ。それは構いませんけど……」


 鷹尾の顔面に負けた波留子が弱弱しく答えながら寿宏を見る。


「お部屋はありますので。ナイトウェアもあとでお届けいたします」


「ありがとうございます。では私たちはこれで、お先に失礼しますね。色々とやることがあるので」


 鷹尾はさっと立ち上がり、人見の顔を小脇に抱えるようにして出口へ向かう。中腰でよたよた歩く人見の後ろ姿とても滑稽だった。思わず一実の口から笑い声が漏れる。


 散々ゴーレムの方がマシだの貧乏人だの馬鹿にしてきたくせに、今一番みっともない格好しているのは人見だ。こんな光景もう二度と見れないかもしれない。目に焼き付けながら鷹尾に続いて部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る