1-17
「本題に入りましょうか。少し時間が経って記憶が整理され、新たに気づくことがあるかもしれないので事件があった日のことをもう一度お聞きしたいと思います」
内ポケットから写真を取り出し、ローテーブルに置いた。全員がその一枚に注目するが、咄嗟に目をそらした人物がいた。葉菜子は顔を伏せ、こみ上げた涙をひっそりと拭う。その姿を見ていた允典は苦しそうに顔をしかめた。
「被害者は太央市籠さん、事件があったのは夜中の二時半です。市籠さんは何者かに刺されて殺されました。第一発見者は─」
「私です」
人見の目が葉菜子から寿宏に移る。
「そう、寿宏さん。あなたは夜中の二時半に何を?」
「特に何をしていたというわけではありません。私達執事は、いつどんな時でもお呼び出しにすぐ対応できるよう交代で起きております。その日の夜は私が当番だったので、最初に市籠様を見つけたのが私だったというだけです」
「特に何もしていなかったのに見つけられたんですか」
「夜中にしては大きな音がしたので」
「それで駆けつけたと」
「はい、そうです」
「ずいぶん近くにいたんですね」
「ええ、まあ。見回りもしてましたから」
「そうですか。見つけてからどうしました?」
「皆様を呼びに一旦その場から離れました。少しして戻ってきましたらお嬢様と允典が部屋の前に」
「扉は閉じましたか?」
「え」
寿宏のすました顔が一瞬崩れた。
「部屋の扉です。前回お聞きしたときは覚えていないとおっしゃってましたが、今一度思い出してみてどうですか?」
「……開いていた気がします」
「允典さんはどうですか?」
「えっ……あ、その……」
急に話を振られた允典は目に見えて焦っている。冷汗をかき、目が泳ぎ始める。なぜそんな反応をするのかと皆の目が集まり、余計に言葉が出てこなくなる。
「開けたままです」
そう言ったのは葉菜子だった。真っ直ぐ鷹尾の顔を見てもう一度はっきりと答える。
「允典さんより私の方が先に着いたので覚えてます。扉は開いてました」
「確かな記憶力でありがたいです。それなら中に潜んでいた犯人が逃げ出すことは可能ですね」
「家の中の者ではなく外部の人間がやったってことですか?」
宝塚能面の波留子が期待を込めたような声をあげる。
「可能性の話です」
「そう、ですか……」
パタン、と鷹尾は警察手帳を閉じた。聞くべきことは聞けたという意味か、これ以上両家に問うことはないらしい。
ん? と一実は首をかしげた。今この時点では犯人が誰かわかるような情報がない。そのため解決には近づいていないが、それとはまた違って重要なことが明らかになっていないじゃないか。
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