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 追悼式の雰囲気を捨てすっかりパーティ会場となった広間を出て、またふかふかのじゅうたんが敷かれた廊下を歩く。土足のまま歩いていいのか不安になるぐらいふかふかしている。これに比べたら一実の一人暮らしの家に敷いてあるラグなんてペラペラの雑巾だ。今度のお給料でもう少しまともなラグを買おう。


 行きついた先は応接間だった。日の光が差し込む大きな窓と壁にはまたもや有名な絵画が飾られており、向かい合うように置かれた革張りのソファー。その間のローテーブルははちみつを塗ったかのようにつやつや輝いていた。


 入口から見て左側に壽松木家が座り、右側にはガリガリに痩せた男性とチャイナ服を着た綺麗な女性が座っていた。恐らくタナカ家の人だろう。


 執事に促されるまま、三人はローテーブルの向きに明らかに合っていない空いたソファーに座る。恐らく普段ここには置かれていないんだろう。家主や客人を座らせるわけにもいかない。立場的に一実たちが座るのが一番適しているが、せめて机を変えておくなどしてとりあえず席は用意しましたという感じを無くせなかったのだろうか。


「皆さんお揃いですね。さて、改めてお話を聞く前に改め自己紹介をお願いできますでしょうか。こちらも初めて顔を合わせる者がいますので」


 少年の顔をしてオレンジジュースを飲んでいた面影はどこへやら。今までずっと警察手帳をうまく使いこなせてなかったが、この場を仕切る鷹尾のその姿は立派な刑事だ。


 うっとりとした目をして鷹尾を見つめるのは一実だけではない。顔面宝塚の波留子の強すぎる目力が弱まり、すでに真っ赤に塗られた頬をさらに赤く染めていた。


「では私からご紹介させていただきます。左手の奥に座っていらっしゃいますのが壽松木家当主の喜多彦様。そのお隣が奥様の波留子様、そしてお嬢様の葉菜子様でございます」


 一実たちを案内してくれた執事が一歩前に出て順番に紹介していく。


 ソファーに深々と座り、ふんぞり返っている喜多彦は貫禄や威厳を振りまくような態度だが、それは体や顔の脂肪のせいでただ身動きが取れないだけなのかもしれない。全体的にむっちりとでっぷりしていた。


 それに比べると細く見える波留子と葉菜子は鷹尾たちに軽く会釈をした。ある程度距離をあけても濃いと感じる波留子の化粧は近づいてもやはり濃かった。むしろ倍増されている。そのせいで年齢がわからない。まるで仮面だ。


 会釈し終わった途端に顔を伏せた葉菜子は失礼ながら両親に似ていなかった。ふんぞり返りもしないし余計な脂肪もない。化粧だってむしろ控えめな方だ。婚約者を亡くしたばかりで落ち込んでいるのなら仕方がないが、背中を丸めて俯くその姿はとてもこの家に住む御令嬢には見えない。


「お向かいにいらっしゃるのが、太央家ご当主の太央繁昌様と奥様の柳您様です」


 喜多彦と対になるような繁昌の姿。骨と皮しかないような見た目に一実は驚く。


 あの体の中に一つも欠けることなく内臓が入っているようには到底思えない。目の下のクマがさらに不健康さを物語っている。ただ、客人でありながらソファーに堂々と腰かけている様子から葉菜子ほど落ち込んでいるようには見えない。


 隣に座る柳您はほほえみつつひらひらと手を振った。海外には会釈の習慣がないため、この反応は非常識だと一概に言えない。


 それにしても可愛い。紺のチャイナ服に合わせた化粧。ワンポイントで目じりに入った赤が中国メイク独特の可愛さがある。


「綺麗な人……」


 一実はぽけぽけした頭でへらへらしながら手を振り返す。


「似合う物がわかっているな」


 一実をちらっと見た人見はあからさまに鼻で笑った。


 似合う物も何も、一実が今着ているドレスや髪飾りは全て鷹尾が用意した物だ。文句なら鷹尾に言ってほしい。


「最後に執事の輪瀬寿宏と、息子の允典です。何か御用がありましたら、私共にお申し付けください」


 深々と頭を下げる寿宏と允典。似ていると思っていたがやはり親子だった。

允典を見るに、人見と同じくらいの年齢に見える。とすると寿宏の歳が大体ではあるが予想できるわけで、簡単に計算すれば初老を越えて中老に差し当たるだろう。品という物はここまで人を若く見せるのかと一実は感心した。


「ありがとうございます。こちらも簡単に、先日の事情聴取でもお会いしました刑事の鷹尾です。今日は探偵を連れてきました」


「人見です。横に居るのはオマケなので気にしないでください」


 嘘でしょ。


 てっきり紹介されると思って背を伸ばして座っていた一実。確かにここで自分が役に立つことはないかもしれないが連れて来たのは鷹尾だ。あまりにもひどい扱いに腹を立てた一実は人見の言葉に対抗するかのように声を張った。


「助手の振原一実です」


 戦いの火ぶたが落とされた。


 双方共に眼から鋭いにらみを放ち火花が散る。口も手も動かせないこの場ではにらみ合いが最大級の戦法だ。


「お前は家政婦だろ。助手を雇った覚えはない」ⅤS「事務所が綺麗なのは私のおかげ。ここまで来たなら助手と言っても構わないのでは?」ファイティングポーズを取り、間合いを詰めていると鷹尾が警察手帳を取り出した。


 試合は中止だ。

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