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「なんなんだまったく、自己満足もいいところだ。金持ちはわけのわからない理由でパーティをしたがりやがって」


「追悼パーティなんて聞いたことないですからね」


 一実は葉菜子の後ろ姿をちらりと見た。


 深い青という目立つことない色だが、背の高さとスタイルの良さが際立つ素敵なドレスだった。背筋をスッと伸ばせば普通のパーティに着てもまったく見劣りはしない。けれど今は背中を丸めて地面ばかり見ている。非常識な追悼式(パーティ)についていけない気持ちはわかるが、あれではせっかくのドレスも台なしだ。


「葉菜子さんがかわいそう」


「どうだかな」


「え? 何でですか、一番悲しいのは葉菜子さんですよ?」


「今のところ容疑者候補だろ」


「はぁ~……、先生には人の心という物はないんですか」


 顔をしかめてつまらなさそうにしていた人見の目がきらりと光った。


「ほう、心。人間の体の中に心という臓器は存在しない。がしかし、世間では心という言葉をよく耳にする。安心、愛国心、親心、親切心、羞恥心、居心地、あげればきりがないな。ではなぜ存在しない物を大切にしようという文化があるのか、不思議だと思わないか。中心、ああこれにも心が入ってるな。人の中心を心臓としたとき、心臓は心か。僕の考えは違うな。心臓は血を全身に送るポンプでありエンジンだ。重要不可欠な機関だが心臓で物を考えない。考えるのは脳だ、頭で物事を考える。なら心は頭にあるのか、ないな。頭には脳みそ血管と神経と頭蓋骨しか詰まってない。お前みたいな花畑でも詰まっている具は全人類一緒だ」


「うるさいしうざいし長い。っていうか臓器を具って言わないでくださいよ」


「心はどこにある」


「え、結局それ……?」


「どこにあると思う」


「しつこい。なんなんですかもう、わかりませんよ」


「そう、心がどこにあるか誰にもわからないんだ。確かに感じる物があるのに存在が認められない。まるで幽霊だな。ところでお前は自分が心という物を持っていると思っているのであれば見せてくれ、心という臓器を、部位でもいいぞ」


「先生気持ち悪いです」


「いいコンビだねぇ」


「何を見てそう思ったのか小一時間問いただしたいが、お前にそれをやっても無意味なのはわかっているからこれだけ伝えておこう。二度とそんなこと言うな。こいつといいコンビなんて名誉棄損にもほどがある。そうだもう出禁だ。今度事務所に来たら問答無用で追い出すからな」


「今月カルシウム摂取期間で、昼食にオハヨー乳業のジャージー牛乳プリンが毎回ついてくるんだよね」


「……、……今月は我慢してやる」


 乳製品が出てきた途端に勢いが弱まった。やっぱりちょろいな。


「それはそうとタナカ家はいないのか」


「別の部屋にいるよ。まとめて話を聞きたいから待機してもらってる」


 けろっとした顔で言った鷹尾に人見は呆れた声を出す。


「それを早く言え。こんな開会式みたいなのに参加せずとも、最初からそっちの部屋にいればよかっただろ」


「家主がここにいるように言うならそうするしかないよ」


「なあ、今すぐ警察手帳を返してこい。宝の持ち腐れだ。使わないならそこら辺の文房具屋で売っているただのメモ帳と何も変わらない」


「返したら身分証がなくなっちゃうなぁ」


「免許証か何かだと思ってるのか?」


「鷹尾様、お待たせいたしました」


 適切な距離をあけて年配の執事が立っていた。さっき玄関前で出迎えてくれた人だ。


 それにしてもかっこいい。


 立ち振る舞いや口調から年齢ゆえの渋さや色気を感じる。対面する鷹尾ももちろんかっこいいが、老いならではの良さはまだない。

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