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 役に立たない一実と鷹尾はさておき、人見は広間で談笑をする客人を観察していた。


 追悼式でドレスやタキシードとは非常識な、と眉をしかめるが、一実を含めた客人の中で誰一人としてカラフルな装いをする者はいなかった。ドレスは決まって黒や紺と落ち着いた色。ここの家主は常識があるのかないのかどっちなのだろう。


 人見が諦めと退屈が入り混じったため息をついたところで奥の扉が開き、主役登場と言わんばかりにスポットライトを浴びながら三人が広間に入ってくる。


 ウェディングドレスかと見間違えるほどボリュームがあるドレスに身を包んだ女性がマイクを持って特設された段に上がった。


『皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。壽松木喜多彦の妻、波留子でございます。もうご存じかとは思いますが先日、娘、葉菜子の婚約者の方がお亡くなりになりました。入籍を間近に控えていたというのに突然のことで、私共々大層心を痛めております』


 言葉を切ってハンカチを目に当てる。優しい母と感じるその姿を見て、人見と一実は同じ感想を口に出した。


「化粧濃いな」


「化粧濃くないですか?」


 声がかぶった。


 普段から磁石のS極とN極のように反発し合う一実と人見だったが、この時だけは意見がぴったり一致した。それくらい波留子の化粧は濃かった。


 広間の入り口付近に立つ三人と窓際に設置された段に立つ波留子の間には子供がかけっこするに十分な距離があり、それに加えて客人たちがひしめき合っている。なのに一実と人見の感想が一緒になったのは、波留子の顔面が舞台に上がった宝塚並みだったからだ。


 油性ペンで描いたような濃い眉はキリリと上がり、ギラギラと輝く紫のアイシャドウと、もはやアイラインの域を超えて縁取りをしている目がバサバサのつけまつげの効果が発揮されているせいもあり、恐怖を覚えるほど印象が強い。おまけに収まらないチークと口紅は情熱の赤。まるで今から演劇が始まるのではないかと思ってしまう。


「今日は控えめな方だよ」


「あれで?」


「あれが?」


 またかぶった。


「娘さんのために泣くいいお母さんなのに」


「嘘泣きだ。フリに決まってるだろ」


「えっ」


『せめて未練が残らぬようお送りしたく、今回ささやかながらこのような催しを開かせていただきました。皆様どうか、故人を想い、お祈りください』


 頭を下げる波留子をねぎらうかのように拍手が起きる。なんで拍手するのかわからないけれど、一実も一応場の空気を呼んで拍手をしておく。そもそも追悼式で拍手はしていいものなのだろうか。


「最後に夫から一言」


 その言葉が終わらぬうちに男性は波留子からマイクを奪い取る。


『さあパーティの始まりです』


「パーティって言っちゃってますよ」


「言ったな」


「言っちゃったね」


 クラッカーが発射され、紙吹雪や紙テープがひらひらと舞う。展開についていけない三人はとりあえず頭に落ちてきた紙を払う。この一瞬にしか使われない装飾でも手触りのいい和紙や光沢紙が使われていた。さすが金持ち。

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