1-12

 ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を進み、通されたのは広間だった。

 

 ドレスやタキシードを着て片手にシャンパンやワインを持っている人が溢れ返るようにいる。一実が普段着で来てたらきっと浮いて注目の的だっただろう。この格好をさせてくれた鷹尾に感謝したが、でもやっぱり理由はわからない。


「なんだこれ、まるでパーティじゃないか」


「一応追悼式なんだけどね」


 追悼式でタキシードやドレスを着る意味とは。


「だったらせめてタナカ家でやるべきでは?」


「その意見には賛成するよ」


「ウェルカムドリンクです」


 蝶ネクタイをしたウェイターが滑らかな動きでグラスが乗ったトレーを差し出す。追悼式でウェルカムドリンクが出てくるなんて今後一生経験できないだろう。


「あ、ありがとうございます……」


 戸惑いながらここのしきたりなら、と一実は誘うように光きらめくシャンパンに手を伸ばす。その指がグラスに触れる直前、横から手が伸びてきた。


 驚く一実を追い越してその手はオレンジジュースのグラスを三つ掴む。人数分の飲み物が渡ったのならウェイターの仕事は終わりだ。一礼して去っていった背中を一実は呆然と見送っていると目の前にオレンジジュースを差し出される。気遣いが皆無で思春期の男子が気になる女の子に無理やり物を渡すような勢いだ。仮にも液体が入っているのだから少しは気にしてほしい。


「なんですか」


「アルコールはやめておけ」


「いや、私成人してるんですけど……」


 と言ってもウェイターはもう別のところへ行ってしまった。仕方がないので渋々オレンジジュースを受け取る。残る二つを問答無用で人見は鷹尾に押し付けた。自分で取っておいて飲まないのか。こういう場所でもこの人は飲み物にこだわるんだと一実は眉を寄せた。


 まあ、ウェルカムドリンクで牛乳やミルクティーなんか出るわけないんだけども。


 両手でオレンジジュースを持って強制的にわんぱくボーイにされた鷹尾。タキシードを着ているんだからせめてワインを持たせてほしかった。シャンパンでもいい。

オレンジジュースが似合わないとは言わない。


 簡単な朝食を前に「おはよう」とほほえみつつグラスに次いでいるシチュエーションなら、世界一オレンジジュースが似合う人間オブザイヤーに選ばれるだろう。


 妄想に浸る一実の生暖かい視線を受け流しながらオレンジジュースをぐびぐび飲む鷹尾。口の端のしずくをぺろりとなめる仕草はCMにしか見えない。ありがとう、いい物を見せていただきました。スッと手を合わせて無言で拝むけれど、やっぱりタキシードには似合わない。


「果肉入ってておいしいね」


 二杯目を飲み干した鷹尾がおいしいと笑うのなら、着ている物がタキシードだろうとパジャマだろうともうなんでもよくなってきた。このオレンジジュースにはジュース界のなんとか賞をあげよう。

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