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デパートで着替えというどこかの金持ちのような用事を済ませた一実たちは、再びタクシーに詰め込まれ、お屋敷に連れて来られた。
高級そうな石で造られた塀とがっしりとした門の奥にそびえたつ洋館。
綺麗に保たれているからこそ憧れのまなざしを向けられるが、数十年経って草木が洋館を覆いつくしたらきっと小学生の間でお化け屋敷と恐れられる建物となるだろう。
塀で黒光りしているプレートに彫られた苗字だと思われる【壽松木】はまったく読めないけれど。
「これなんて読むんですか」
「スズキだよ」
読めるわけがなかった。たしかに最後はキだけども。
「まあびっくりするよね」
びっくり。その言葉は真横に立つ鷹尾にも使える。
背筋を伸ばして立つその姿はパリコレモデルのように見えた。着ているのはただのタキシードなのに、普段下ろしている前髪をオールバックにしているせいで、常に後光が差している。
今日の朝、事務所で会った時から鷹尾はこの格好だ。顔面の印象の強さで正装していることですら通常とすら思えてくるが、とんでもない。いつもはペラペラのどこにでも売っているようなスーツだ。
「こいつは本当に必要なのか?」
それは指さされた一実にも説明をしてほしい。
ここに来るまで鷹尾はどんな用があってどこに行くのか一切言わなかった。タクシーの車内で聞いたのは人見がとんでもない形で叩き起こされたという話だけだ。
休業日で優雅に熟睡をしていたところ、やけに部屋が焦げ臭いのに気付いた人見は身を守るために飛び起きて、事務所内で唯一出火原因になりそうなのキッチンに駆けつけたら、頼んでもないのに鷹尾が勝手に朝食を作っていたという。
最悪の目覚めだとぶつぶつ文句を言いつつも、人見は人見でピシッとしたスーツを身にまとっている。ただ普段見るカラフルな物ではなく、黒一色で落ち着いていた。
「しかもこの服いくらしたんだ、こいつも僕のも。経費で落とさないからな」
人差し指で綺麗にまとめた頭を小突かれる。せっかく鷹尾が「これ可愛いねー」とヘアメイクの場に乱入して用意してくれた髪飾りを落とす気か。
「似合ってるよ。一実ちゃんも」
「はうっ」
ウィンクは必殺技だ。
耐性がなければ恐らく死傷者が出る。
「昔からの付き合いだから料理の腕は底辺だと知っていたが、ついに視力と色覚も腐り落ちたか。これのどこが似合っているというんだ、そこら辺の砂場で幼稚園児が作ったゴーレムに花を飾ったほうがいくらかマシだろ」
「ひどい!」
そう、一実はドレスを着ていた。
なぜ、と声を大きくして言いたい。
上品なレースが肩や鎖骨に広がり、シルクに切り替わった胸のあたりは体のラインを出しつつも腰から下はふんわりと広がるスカートで結婚式に呼ばれたときに着るようなドレスだ。色が黒なのを変えれば、だけれども。
成人したばかりの一実が着る機会はまだまだ先だと思っていたのに、それはあっさりとやって来た。まさかこんな形で着ることになるとは誰も予想ができなかっただろう。そもそもどうし着ているのかもわからないままなのだが。
鷹尾はまた何も答えることなく呼び鈴を押した。
「はい」
「鷹尾です」
「お開けします」
大きな門が自動で開く様を口を開けた間抜けな顔で見ていた一実を置いて、一足先に鷹尾と人見は敷地内に入っていく。
「出さないからな、一銭も」
「心配しなくても二人ともレンタルだから」
「レンタル代も出さないからな」
「えっじゃあ鷹尾さんは自前なんですか?」
追いついた一実に鷹尾はにこっと笑った。
タキシードを持っている刑事とは……。
どんな名探偵がいたとしてもこの謎は永久に解けない気がする。
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