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 谷山デパートとは創業百年を超える老舗デパートだ。


 地下から地上八階まである建物の中には、高級ブランドを扱ったお店や市民が手を伸ばしやすいお手頃価格のアパレルショップ、雑貨や食品など幅広く店舗が軒を連ねている。


 今回タクシーに乗って移動していることからわかる通り、一実の家からは少々遠いため行くこともなければお世話になった縁もない。ただ、毎年特設会場で開催されているバレンタインイベントや北海道物産展には興味を抱いていた。


 体感にして数十分後、谷山デパートのタクシー専用駐車場に着くと、鷹尾は「すぐ終わるので」と運転手に待っているように告げて人見と一実をデパートの中に連れていった。


 エスカレーターを上り、行き着いたのは地上五階の婦人服売り場。


 一応性別は一実に合っているが年齢層が誰とも合わない。なのに鷹尾は平気な顔をしてどんどん進んでいく。好奇と好意が混ざったおばさま方の視線を浴びながら行きついた先は更衣室が設置され、周りにはドレスやスーツがずらっと並んでいるスペースだった。


 一体ここはどういう場所なのだろうか。


「じゃ、お願いします」


「へ?」


 鷹尾に背中を押された一実。場の雰囲気になじめず、母親に付いて来た小さな子供のような挙動をしていたせいで、自分がどんな状況に置かれているのか全く理解できていない。


「一実ちゃんはどんな色が好き? ピンクとか似合いそうだけど、今日は暗い色の方がいいんだよね」


「どういうことですか?」


「ささ、こちらへ」


 赤い口紅を引いて髪を一つにまとめた綺麗な店員が一実を更衣室に押し込む。


 その店員の肩越しに一実と全く同じ状況の人見が見えた。まるで散歩から帰りたくない犬のようにその場に踏ん張るがその努力むなしくあっさりと巨体の店員に引きずられていく。珍しく滑稽な格好にほくそ笑んでいた一実の服を店員が掴む。


「えっ」


「お着替えしましょうね」


 営業スマイルがこんなにも怖いと思ったのは初めてだった。

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