1-7

 次の日の朝、一実は鷹尾から呼び出された。


 大学もバイトも休みで優雅に惰眠を謳歌していたところ、突然部屋に鳴り響いた着信メロディ。爆音で流れる聞き覚えのない歌声をスライドして途切れさせる。


「……もしもし?」


『一実ちゃんおはよう』


「ギャッ」


 鼓膜に花が咲くかと思った。


 電話越しの声というものはいつも聞く声とは違ってまたいいものである……。


 なんてダイイングメッセージが浮かんだ頭をぶんぶんふってなんとか息を吹き返す。慣れてきたなんて高をくくっていた一実はまだまだ自分が甘かったことに気づく。寝起きにこれはきつい。


「お、おはようございます……」


『ごめんね、起こしちゃったよね』


 やめてくれ、それ以上はここがドラマ現場になる。


 添い寝をしながら頭を撫でて「お寝坊さん、朝ごはんできてるよ」とか、リビングで向かい合って座り、朝食を食べながら「可愛い寝癖」とか言ってもないのに言いそうでむしろ言ってほしいセリフで一生昼も夜も最終回も来ないドラマが脳内で始まってしまう。


「大丈夫です。どのようなご用件で」


『今から事務所来れるかな?』


「行きます」


 光の速さで答えた。


 鷹尾の誘いに断れる人なんているんだろうか。


 人見がいた。きっとあの人は一実と違って光の速さで断る。


『よかった。用事ないって聞いてたけど急に入ることあるから心配で』


「ん? ……もしかして先生から聞きました?」


『うん。あ、泊りでも大丈夫なように必要最低限の荷物持って来てくれるかな? 着替えはこっちで用意するから』


「わかりました」


 個人情報保護法というものを知らないのか。探偵という職業であるなら個人情報がどれだけ大切かはわかっているはずなのに、事務所で働く家政婦(しかも華の女子大学生)の休日の予定を簡単に喋るとはどういうことなんだろう。


 と、いうかあれ?


「私、鷹尾さんに電話番号教えてましたっけ?」


「ん? 今さっき人見から聞いたよ」


 駄々洩れである。


 もうあの人は探偵を辞めた方がいいと思う。

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