1-6
鷹尾が話した事件内容はこうだ。
先日、隣駅の谷山にあるスズキ家にて、その家の娘、ハナコの婚約者であるタナカイチロウが殺害された。抵抗した痕や荒らされた痕がなく、金銭目的の犯行の線は薄いが身内の犯行とも断定できない。
犯行時刻が夜中であったことから目撃者はおらず、古い家のため防犯カメラもなし。さらには事件現場が密室であったことで捜査は難航。
「それにしても、スズキハナコなんてダサい名前だな」
「あーっひどーい。先生は全国のスズキハナコさんに謝るべきです。怪談とか七不思議にトイレのハナコさんとかいるじゃないですか。お化けにつけられるくらい、いい名前だってことですよ。それよりタナカイチロウさんの方がダサいです。英語の例文ぐらいにしか出てきませんよ」
「それを言うならお前の方が全国のタナカイチロウさんに謝るべきだ。同じ基準で言えば教科書に出しても誰もがわかる名前という事だろう」
「何でですか! お化けと教科書は違いますよ!」
フンッと鼻息で返事をしながら人見はカップに紅茶とミルクを淹れる。今日の割合は紅茶が四、ミルクが六ぐらいだろうか。並々と注がれたミルクティーを口にするかと思いきや、人見はカップを一度置いて、残ったミルクをクリーマーで泡立て始めた。何をする気なんだこの人は。
そもそもその道具はラテアートに使う物であって、人見の前にあるカップにはミルクティーが入っている。ラテなんてないのにドヤ顔までしてミルクを泡立てているのはどう考えてもおかしい。奇行ともいえる。
「事情聴取をした限り、その日家の中にいた人たちの犯行とは思えないんだけど、そうなると密室の謎は解けないんだ。いや、本当は鍵がかかっていなかったから密室だと言い切れないんだけど、第一発見者は被害者以外部屋には誰も居なかったはずだと言っているし、外部犯だった場合の逃走ルートがわからなくてね」
麗しい顔を険しくゆがませながら語る鷹尾をよそに、人見はラテアートを作り上げていた。
ティースプーンを巧みに使い、顔や手足(もしかしたら耳かしっぽかもしれない)をミルクの泡で作り上げていく。そうしてできたラテアート(?)は、丸い体に角のような物をいくつも生やした立派にわけのわからない物を生み出していた。
全部泡で造るからそうなるんだ。チョコレートソースとか色を変えて模様を付けられる物を用意すればいいのに。
「今回は何? シロクマかな?」
絶対違うと思う。
「ネコだ。話は終わりか」
それも絶対違うと思う。
正体不明の怪物をズゾゾッと音を立てて啜る人見。
横でドン引きしている一実は、この人物に雇われていることを後悔し始める。
「何かわかった?」
純粋な目で問いかける鷹尾に、「はあ……」と深いため息をついて人見はカップを置いた。そして腕を組んで立派な牛乳ひげを生やしたまま偉そうに口を開く。
「何度も言うが僕は推理が嫌いなんだ。テレビドラマのようにでかい顔で推理をショーのように披露して、犯人をお前だとか名指しするなんて、ありえないやらない考えたくもない。いいか? そもそも僕は推理をしたくて探偵になったんじゃない。堂々と人間観察をしたいから探偵になったんだ。事件捜査に行き詰まるたび僕のところに来るのはいいかげんやめてくれ」
「堂々と変態発言しないでください」
さすがに聞き逃すことはできない。
「嫌いというけど得意だろ?」
肯定の言葉を促すように鷹尾は鞄からポケットティッシュを差し出す。それを無視して人見は新しい箱ティッシュを取り出して開けた。
なんて頑固なんだろうか。こういう事ばかりしているから使いかけのティッシュが溜まるんだ。
「得意なわけないだろ」
「一実ちゃんを見て思うことは?」
「今日もフラれて傷心中」
「はっ!?」
一実のことを一切見ずさも当たり前のように言われた言葉に、一実は喉がひっくり返った声しか出すことができなかった。
「な、何ですかいきなり、って言うか勝手に決めつけないでくださいよ!」
「はあ? そんなの見ればわかるだろ」
「どこを!」
とても長いため息をついた人見が一実の顔を指さす。
「普段より化粧に三割ほど気合が入っている。そんなにラメが入っているアイシャドウは持っていなかっただろ。告白をする日専用かと思ったが、今までフラれた日にそれを見たことがなかったからそうすると新調した物だ。高い買い物だったな。チークはいつもと同じだがいささか濃くないか? 赤ん坊超えて熱を出した病人みたいだ。全体のバランスを崩している原因はこれだろうな。せっかく挑戦したハイライトも台なしになってただのテカリに見えるぞ。ついでに言えばアイラインは失敗してブレてはみ出ているしマスカラが落ちて瞼に着いている。このこととお前が恋愛体質であることから今日もフラれたんだろうと思っただけだ。下らん言い訳をする前に少しは鏡を見て来い」
「心の底からめちゃくちゃムカつくのにメイクに詳しい所が気持ち悪くてそっちが勝つ……。先生怖い」
「知識は武器であり防具でもあるんだ。物事を知っている方が生きていくうえで便利だから知っているだけで、興味があるわけではない。勘違いするな」
「ただマウント取りたいだけなのでは?」
「それはそうと今回で二十連敗じゃないか?」
「まだ十九です!」
犬も猫さえも食わぬくだらない喧嘩をほほえましく見ていた鷹尾は笑い声を漏らす。何も面白いことなんてなかったはずなのに。
「ほらね、その調子でなんだかんだ解決してくれるじゃないか」
「知るか! 事件は警察内で解決しろ! 僕は推理アレルギーなんだ、お前の顔を見るだけで初期症状が出るようになった。ほら見ろ鳥肌が立っているだろ。わかったならさっさと帰ってくれ」
推理アレルギーなんてあるわけがないのに、その言葉を鵜呑みにしたのか鷹尾はしょんぼりと顔を曇らす。そんな表情をしても顔面の尊さが落ちることは決してない。
「この間山形に行ったお土産でミルクケーキを持って来たんだけどな」
ちらり、と鞄からお菓子の箱を覗かせた。その瞬間、人見の動きが止まったのを一実は見逃さなかった。
「あと北海道産ミルクアイスも」
今度はキッチンの冷蔵庫を見た。正確には冷凍庫なのだが、それがもう入っていると伝われば何も問題はない。
ギギギ、なんて音が出ているかのような動きで鷹尾を見る人見。その姿はまるで錆びてぼろぼろのロボットが十数年ぶりに動いたかのようだった。
にっこりとほほえむ鷹尾。
無言のまま目で取引している二人を見て、一実はこう思っていた。
先生ちょろいな。
そう、何せ乳製品中毒なのだから。
でもまあ、北海道産ミルクアイスは中毒者ではない一実が食べても美味しいと思う。
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