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校門を出て双葉と別れる。
胸にまとわりつくもやっとした疑問を糸くずと一緒に取り払って駅前のスーパーに向かった。
商店街を通るため、買い物をするのならわざわざ遠い駅前まで行くことなく済ますことは出来るが、一実の足は寄り道をすることなく進む。
理由は乳製品が安いから、ただそれだけだ。
カゴを持って献立を考えながら店内を歩く。野菜が安いパターンとお肉が安いパターンの二通り考えてきたがどちらも特売ではなかった。いつも通り魚は買うけれど、他のメニューが決まらない。
……仕方ない。いくら考えても出てこないなら最終手段のシチューにしよう。野菜もお肉も食べられるし、これがあれば文句も言われない。
なぜなら食べるのは一実ではないのだから。
献立に必要な食材と常備しておかないといけない牛乳とヨーグルト、チーズも購入した。ブロッコリーが少し高くて予算からほんの少しだけ足が出たけれど、シチューだから仕方ない。
そう、何せシチューなのだから。
一実は家政婦として働いている。
一実は家政婦の事務所に所属しているわけではなく、個人的に家政婦として雇われている。大学生が家政婦としてバイト、というと「何で?」とよく聞かれるが一実にはこの仕事が性に合っていた。
どちらかといえばコンビニや飲食店、ドラッグストアなど、販売業や接客業でバイトをする大学生が多い。一実も家政婦として働く前は居酒屋でバイトをしていたが、飲酒した客にいちゃもんをつけられたり理不尽な目に合っても謝罪をしないといなかったりなどのトラブルに見舞われ、逃げるように辞めて接客業は自分に合ってないんだとわかった。
そこで出会ったのが今の職場だ。少し癖があるがお給料は申し分ない。
いや、【かなり癖がある】の方が正しいかもしれない。
ほかの学生がしているバイトとは違い、一実の職場には制限がある。
一、 見聞きしたことを他人に話さない。
二、 仕事の邪魔をしない。
三、 危険なことに首を突っ込まない。
四、 一週間のうちに最低三日乳製品を使った料理を作ること。
五、 乳製品を切らさない。
以上のことが守れなければ一実はクビになる。
一はわかるし納得できる。
どんな職場でも機密事項や社外秘項目はある。何でもかんでもベラベラ喋るような人間にはなりたくない。
二も三もわかる。雇われている身で雇用主の邪魔をわざわざするなんて考えられないし、危ないこともしたくない。
ただ四と五はおかしい。もし今後、一実のミスでどちらかを守れなくてクビだと言われても不当解雇として訴えることができると思う。
了承して雇ってもらっている身だけれども。
会計を済ませて荷物を詰めてスーパーを出る。
大学に背を向けて表通りを少し歩き、ケーキ屋を過ぎたところで角を曲がって路地に入った。古本屋や骨董品店が並ぶ懐かしい雰囲気が漂う通りを過ぎると、レンガ造りのビルが見える。一階が喫茶店「ブッロ」その上が一実のバイト先、人見探偵事務所だ。
裏の階段を上がって廊下を進むと事務所にたどり着く。
買い物袋を抱え直した一実は、まだ真新しい事務所の扉を開けた。
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